センスメイキング理論とは|「腑に落ちる話」が組織を動かす理由

中期計画を作った。役員会も通った。全社説明会もやった。それでも半年たつと、現場は前と同じ手順で動いている。誰かが反対したわけでもありません。ただ、何も変わらない。

この状態を扱う理論が、経営学の中にあります。センスメイキング理論です。組織の人が身の回りの出来事に意味をつけて、「ああ、そういうことだったのか」と飲み込み、動き出すまでの過程を研究してきました。

この記事では、提唱者カール・ワイクの定義と主な文献、7つの特性の訳語の対応、日本語記事で必ず出てくる「ハンガリー軍の地図」の話がどこまで本当か、この理論への学術的な批判、そして自社の過去を語り直すときに私たちがやっている手順を書きます。理念づくりで詰まっている場合は、後半の理念の章から読んでも通じます。

いちばん確かめたかったのは、「正しい分析より腑に落ちる話のほうが人を動かす」という説明が、都合のいい話をこじつけて押し通すこととどこが違うのか、です。企業が出している日本語の解説記事20本あまりを読みましたが、ここに答えたものは1本もありませんでした。

センスメイキング理論とは——3分で全体像

センスメイキング理論とは、人や組織が、わけのわからない状況に言葉を与えて、動ける形に変えていく過程を扱う理論です。この考え方を組織研究に持ち込み、研究領域として確立したのがカール・E・ワイク(Karl E. Weick、1936–2026)でした。

いちばん短い定義は、ワイクらが2005年に『Organization Science』16巻4号に発表した論文にあります。意味づけ(sensemaking)とは、行き当たった成り行きを、言葉ではっきり言い表せる事態に変え、そこから行動を起こせるようにすることだと書かれています。この言い回し自体は、ワイクらがTaylor & Van Every(2000年)の著書40ページから引いたものです。

この定義で効いているのは、後半です。言葉で言い表せるだけでは足りない。そこから足を踏み出せる状態になっていなければ、意味づけは終わっていません。同じ論文には、意味づけが人の行動を決めるうえで中心になる理由も書かれています。そこが、アイデンティティと行動を方向づけ、また制約する意味が形をとる主要な場だから、という説明です。

日本語圏でこの理論の入口になっているのは、入山章栄『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社、2019年12月)の第23章「センスメイキング理論」です。副題は「「未来はつくり出せる」は、けっして妄信ではない」。入山氏はこの理論の中身を「腹落ち」という日本語で言い換えていて、『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』の連載では、自社の大きな方向性に腹落ちがないために変化できない企業が実に多い、と書いています。

理論の核を一文にすると、こうなります。組織が動くかどうかは、分析が正しいかどうかよりも、その話がもっともらしく聞こえるかどうかで決まる。ワイク自身の言葉では「正確さ(accuracy)よりもっともらしさ(plausibility)」で、1995年の著書で挙げた7つの特性の最後にこれが置かれています。

私たちは理念や戦略を言葉にする仕事をしていますが、相談でいちばん多いのは「作ったのに使われていない」という話です。調査も資料も丁寧に作って、発表の場でも反対は出ませんでした。それでも3か月後には誰も口にしない。このとき足りていないのは意味づけです。方針の中身は決まっていて、それが一人ひとりの言葉になっていません。センスメイキング理論は、その状態に名前をつけてくれます。

センスメイキングの7つの特性——原語と訳語、そして流れで読む

カール・ワイクが1995年の著書『Sensemaking in Organizations』第2章で示した7つの特性は、次の7つです。解説記事でいちばん多く引かれる部分ですが、訳語がばらばらで、読み比べると同じものを指しているのかわからなくなります。原語、文眞堂訳にもとづく日本語(都筑2021の整理)、そして一文の説明を並べておきます。

原語(Weick 1995 第2章) 日本語(文眞堂訳ベース・都筑2021の整理) ひとことで言うと
grounded in identity construction アイデンティティに基づいたプロセス 自分たちを何者だと思っているかが、意味づけの出発点になる
retrospective 回顧的プロセス 意味は、動いたあとに振り返ってつく
enactive of sensible environments 有意味な環境をイナクトするプロセス 人は環境に反応するだけでなく、動くことで環境を作る
social 社会的プロセス 意味づけは一人では完成しない。人と話しながら形になる
ongoing 進行中のプロセス 意味づけに完了の時点はない
focused on and by extracted cues 抽出された手掛りが焦点となるプロセス 人は全体ではなく、小さな手がかりを拾って意味を育てる
driven by plausibility rather than accuracy 正確性よりももっともらしさ主導のプロセス 正確な話より、筋の通った話で人は動く

記事によって「回顧」が「回想」になり、「進行中」が「継続性」になり、「もっともらしさ」が「説得性」になります。どれも誤訳というほどではありませんが、「説得性」まで来ると意味が変わってしまう。説得するのは語る側の仕事で、もっともらしさは受け取る側に起きることです。

上の表は原著の並びです。理解する順番は別にあると思うので、ここからは流れで読みます。

出発点はアイデンティティです。人は「自分は何者か」を手がかりに意味をつけていきます。組織も同じで、「うちは職人の会社だ」と思っている会社に「これからはデータで売る会社になる」という方針を出すと、内容の正しさを検討する前の段階で弾かれてしまいます。方針が通らない理由が「理解力」や「やる気」に見えるとき、たいていここで詰まっている。

次に、行動して環境を作ります。イナクトメント(enactment)と呼ばれる部分です。人は与えられた環境に反応するだけでなく、動くことで環境そのものを作り変えます。新しい売り方を1件だけ試した会社は、翌月の会議で話す内容が変わります。成功しなくても、話す材料が増えるからです。

その環境から、手がかりを抜き出します。抽出された手がかり(extracted cues)です。人は方針の全文を読んで意味を作るのではなく、その中の一語を拾います。「今年は利益重視」と言えば、現場は値上げの指示だと受け取る。経営が意図していなかった一語が、半年後の行動を決めていることがあります。

意味は、あとからつきます。回顧(retrospect)です。ここが理論のいちばん誤解されやすい部分でもあります。人は行動する前に意味を決めているのではなく、動いたあとに振り返って「あれはこういうことだった」と筋を通す。意味の材料になるのは、これまでに起きた出来事です。だから新方針も、過去のどの出来事につながるのかが見えて初めて意味になります。「なぜ今なのか」を自社の歴史から説明できない方針は、拾う材料がないまま宙に浮きます。

そして、一人では完成しません。社会的プロセス(social)です。社長が腹落ちしても、部長が別の筋で理解していれば、実行の段階で食い違います。意味づけは、人が互いに話しながら形になっていきます。

終わりもありません。進行中(ongoing)というのは、意味づけに完了の時点がないという指摘です。期初の説明会を1回やって終わりにする設計は、この特性に反しています。

最後に残るのは、もっともらしさです。正確さよりもっともらしさ(plausibility rather than accuracy)。この順番が、現場の光景とよく合います。数字が正確な資料より、「うちはこういう会社で、だから次はこれをやる」という筋の通った話のほうで、人は動きます。

7つを順に覚える必要はありません。自社で詰まっている場所がどこかを見るための、7つの目のつけどころだと考えると使えます。

提唱者カール・ワイクと、押さえておきたい文献

カール・E・ワイクは1936年10月31日生まれ。ミシガン大学ロススクールで Rensis Likert Distinguished University Professor of Organizational Behavior and Psychology を務め、2012年に現役教員を退いて名誉教授になりました。2026年5月21日、89歳で亡くなっています。

社内や人前で説明する機会があるなら、まず1993年、1995年、2005年の3つを押さえれば足ります。日本語で読めるものは最後にまとめます。

1993年——マン渓谷火災の論文

最初に挙げるのは、ワイクが1993年に『Administrative Science Quarterly』38巻4号に発表した論文「The Collapse of Sensemaking in Organizations: The Mann Gulch Disaster」(628〜652ページ)です。

扱われているのは、1949年8月5日にモンタナ州ヘレナ国有林のマン渓谷で起きた山火事です。現場に入った16名のうち13名が亡くなりました。内訳は、空から降下して消火にあたるスモークジャンパー12名と、地上で先に消火にあたっていた森林局の防火要員(fire guard)1名(James O. Harrison)です。「消防隊員13名」と丸めて書かれることがありますが、厳密にはこの構成になります。生き延びたのは隊長のWagner "Wag" Dodge、Rumsey、Salleeの3名でした。Dodgeは自分の前方に火をつけて燃え尽きた地面を作り、そこに伏せて助かっています。エスケープファイアと呼ばれる方法です。焼失面積は約4,500エーカー(約1,800ヘクタール)で、これはワイクが論文の中で書いている数字です。

ワイクがこの火災から読み取ったのは、火の強さではありません。役割の構造と意味づけが、互いを壊しながら同時に崩れていく過程です。隊長の指示が理解できなくなり、自分が何者として何をしている場面なのかがわからなくなる。ワイクはこうした状態を cosmology episode と呼びました。もともとは1985年の別の論文で使い始めた言葉で、マン渓谷の分析にそれを当てはめています。「人々が突然、そして深く、世界はもはや理にかなった秩序ある仕組みではないと感じるとき」というのがワイクの定義です。

そのうえで論文は、崩壊に耐える力の源を4つ挙げています。即興、仮想的な役割体系、賢さの姿勢、敬意ある相互作用の規範です。ここは見落とされやすいのですが、ワイクは「意味づけは崩れる」と書いただけでなく、崩れにくくする条件も書いています。

1995年——7つの特性が出てくる本

2つめは、ワイクが1995年にSAGEから出した単著『Sensemaking in Organizations』です。全8章、248ページ。前の章で見た「7つの特性」は、この本の第2章「Seven Properties of Sensemaking」に出てきます。

邦訳があります。遠田雄志・西本直人訳『センスメーキング イン オーガニゼーションズ』(文眞堂、2001年4月)。訳語の対応を確かめたいときは、この本が正本です。

2005年——定義が固まった論文

3つめが、先に引いた2005年の論文「Organizing and the Process of Sensemaking」(『Organization Science』16巻4号409〜421ページ)。ワイクの単著ではなく、サトクリフ、オブストフェルドとの共著です。1995年の本が特性を並べたのに対して、こちらは定義を短い一文にまとめています。引用するならこの論文がいちばん扱いやすい。

日本語で追うなら

原著を読む前に日本語で地ならしをしたい人は、次の2本を無料で読めます。

ひとつは高橋伸夫「殻 ―(7) センスメーキング―」(『赤門マネジメント・レビュー』11巻3号、2012年3月、145〜172ページ)。原著と邦訳のページ対応が付いているので、引用の裏取りに使えます。もうひとつは都筑信行「センスメイキングによる中小企業成長に関する一考察」(『商大ビジネスレビュー』2021 AUT.、221〜246ページ)。7つの特性の日本語訳が整理されていて、中小企業への聞き取り事例も載っています。

「ハンガリー軍の地図」の話は、どこまで本当か

センスメイキング理論を説明する日本語記事の多くが、同じ話を例に使います。雪山で遭難した部隊が、間違った地図で生還したという話です。今回読んだ28本のうち14本がこの逸話を載せていました。出どころを書いた記事は1本もなく、アルプスとピレネーを取り違えたまま説明している記事もありました。順に整理します。

逸話の中身

アルプスにいたハンガリー軍の小部隊で、若い中尉が偵察隊を氷の荒野に送り出します。その日から雪が2日降り続き、隊は戻ってきません。3日目に、隊は帰ってきました。

彼らはこう話します。道に迷ったと思い、終わりを待っていた。そのとき一人がポケットに地図を見つけた。それで落ち着いた。野営して吹雪をやり過ごし、地図を見て方角を定め、こうして戻ってきた、と。中尉がその地図を借りてよく見ると、それはアルプスの地図ではなく、ピレネー山脈の地図でした。

実話ではなく、1977年の詩が原典

この話の原典は、チェコの詩人で免疫学者でもあったミロスラフ・ホルブ(Miroslav Holub、1923–1998)の詩「Brief Thoughts on Maps」です。初出は『Times Literary Supplement』1977年2月4日号(英訳はJarmila and Ian Milner)。同じ1977年の詩集『Notes of a Clay Pigeon』にも収められています。

ホルブは詩の冒頭で出どころを明かしています。アルベルト・セント=ジェルジがこの戦争の話を語ってくれた、と書いてある。セント=ジェルジはブダペスト生まれで、1937年にノーベル生理学・医学賞を受けた人です。ただし詩には肩書きは書かれておらず、「ハンガリー出身のノーベル賞受賞者」という説明を付け足したのはワイクのほうでした。つまりこの話は、詩人が誰かから聞いた挿話として世に出ました。実際に起きた出来事として記録されたものではありません。

ワイクはこの話を、1982年から2001年までのあいだに少なくとも6か所で使っていて、一覧はBasbøll & Graham(2006)の付録にあります。ホルブとセント=ジェルジの名前が出てくるのは1990年の論考4ページが最初で、1995年の著書54ページも両方の名前を挙げています。

もうひとつ、細かいけれど無視できない差があって、ワイクの語り直しでは6か所のうち4か所で舞台が「スイスでの軍事演習」になっています。ホルブの詩にはスイスも軍事演習も出てきません。書かれているのはアルプスにいたハンガリー軍の部隊、それだけです。

2006年の指摘と、ワイクの返答

2006年、Basbøll & Grahamが学術誌『ephemera』6巻2号(194〜204ページ)で、この6か所すべてが剽窃にあたると指摘しました。出典を挙げた1990年と1995年の2つについても、引用符を付けずに詩の文言をそのまま使っている点で同じ判定です。

ワイクは同じ号の193ページに「Dear Editor: A Reply to Basbøll and Graham」を寄せています。謝罪ではありませんでした。分野を左右するのは考え方や理論であって例え話ではない、と述べ、原典の載った記事を紛失してどこで読んだか分からないまま記憶で再構成した経緯を説明したうえで、「『出典不明』という脚注を入れること以外は、いま同じ立場でも何も違うことはしなかっただろう」と書いています。後に同僚から出典を教わってからは、新しく書いたものではホルブへの帰属を付けている、とも述べています。

同じ論文は、別の研究者からの疑いも引いています。Rowlinson(『Work, Employment & Society』2004年、617ページ)はこの逸話の事実性を疑い、Mintzberg, Ahlstrand & Lampel『Strategy Safari』(1998年)は160ページの脚注で、この比喩は適切でないかもしれないと書いています。険しい山では安全なルートが少なく、間違った地図を持って崖から落ちずに脱出できる確率は相当低いはずだ、という理由です。

日本語の解説記事では、扱いが分かれています。見出しに「成功事例」と掲げる記事もあれば、「架空」「寓話的」と注記する記事もあります。同じ話が、事例として使われることも、たとえ話として使われることもあるということです。日本語の学術文献では、都筑(2021)が入山『世界標準の経営理論』416ページを引く形でこの逸話を紹介しています(都筑氏は「筆者意訳」と注記)。

取り出せる教訓と、取り出せない教訓

ここを混ぜないほうがいいと思います。

取り出せるのは、動き出すきっかけの話です。隊が生還できたのは、地図が正しかったからではありません。地図が出てきたことで落ち着き、野営し、方角を決めて動き始めたからです。

「迷ったときは、どんな地図でも役に立つ」という教訓は、Mintzberg, Ahlstrand & Lampel が『Strategy Safari』160ページで、ワイクの1995年の著書からこの逸話を引いたあとに、自分たちの言葉としてまとめたものです("The moral of the story is clear: when you are lost, any map will do!")。Basbøll & Graham もこれを「この話から引き出される標準的な教訓」として引いています。

取り出せないのは、この教訓を字義どおりに受け取った実務の指針です。間違った計画書を配ってもいい、という話になってしまいます。

この点については、ワイク自身が引いているBob Engelの言葉が正確です。ワイクは1987年の論文222ページ、1995年の著書55ページ、2001年の著作346ページでこう書いています。もしリーダーが、地図が間違っていると知りながら隊を連れ帰れたのなら、その話は本当に見事だっただろう、と。間違っているとわかったうえで人を動かせたなら技術の話になり、実務で真似できるのはそちらです。

「結局こじつけでは」にどう答えるか——この理論への批判を読む

正確さよりもっともらしさ、という説明は、裏返すと「都合のいい話を作って押し通せばいい」とも読めます。この疑いに答えないまま社内で使うと、いちばん聞いてほしい相手から「結局こじつけでしょう」と返されて終わってしまう。

企業が出している日本語の解説記事20本あまりには、批判や限界に触れたものが1本もありませんでした(個人のブログやnoteには触れているものがあります)。学術的な批判を順に見たうえで、私たちがどう線を引いているかを書きます。

批判1——この理論には5つの限界がある

いちばんまとまった批判は、SandbergとTsoukasが2015年に『Journal of Organizational Behavior』36巻S1号(S6〜S32ページ)に発表したレビューです。この分野の研究を点検したうえで、限界を5つ挙げています。

ひとつめは、未来に向けた意味づけが軽視されてきたこと。ふたつめは、混乱を招く出来事にばかり注目し、日常業務のなかで起きるありふれた意味づけが手つかずになっていること。みっつめは、イナクトメントの位置づけが曖昧なこと。よっつめは、当事者本人がおこなう意味づけと、研究者や事故調査委員会があとから当事者について行う意味づけを、区別せずに混ぜてきたこと。いつつめは、身体をともなう意味づけへの注意が足りないことです。

実務で使うときに効いてくるのは、ふたつめと、よっつめです。この理論は火災や事故のような場面で組み立てられてきたので、「普段の会議で、普段の方針が、なぜ意味にならないのか」という日常の問いには、まだ道具が揃っていません。そして「意味づけができた」と判定しているのが当事者なのか、外から見ている人間なのかを、この理論は区別しきれていません。後者は、私たちのような外部の人間にそのまま返ってくる話です。

批判2——事後的な見方に偏ってきた

MaitlisとChristiansonが2014年に『Academy of Management Annals』8巻1号(57〜125ページ)に発表したレビューは、この分野全体を整理したものです。研究の大半が事後的な見方を採ってきたことは、複数のレビューが共通して指摘している点です。Brownらは『Organization Studies』2015年のレビューで、多くの研究者がワイクの1995年の著書を踏まえて意味づけの回顧的な性格を強調してきた、と書いています。HoltとCornelissenは2014年に、ワイクの1993年のマン渓谷論文そのものが、後続の研究者が前提を問い直さないまま研究を組み立てる枠組みになってしまった、と指摘しています。

未来に向けた意味づけ(prospective sensemaking)を別の現象として扱うべきかどうかは、今も議論が続いています。決着していません。経営の現場で使うときには、この点は正直に言ったほうがいいと思います。「未来を語る」と「過去を語り直す」は同じ理論でひとまとめにできるとは限らない、というのが今の学術的な状態です。

ワイクは、事後的であることを弱点だと考えていなかった

事後的だという指摘に対して、ワイクが後から答えたわけではありません。ただ、ワイクの立場ははっきりしていて、1995年の著書29ページ(邦訳39ページ)には、意味づけの重要な目標は秩序、明確さ、合理性の感覚が得られることだ、と書かれています。高橋伸夫は2012年の論文でこの箇所を引きながら、センスメイキングが回顧的だというのは後知恵(hindsight)で過去の経験の意味を考えることだ、と説明しています。つまりワイクにとって、あとから振り返って筋を通すこと自体が意味づけの働きであって、欠点ではありませんでした。

そうすると、「事後的だ」という指摘は理論の前提を言い直しているだけで、こじつけかどうかの答えにはなっていません。問題は、事後的であることそのものにはなく、事後的に作った筋が事実を曲げているかどうか、という別の場所にあります。ここから先は理論の話ではなく、私たちが仕事の中で使っている線引きです。

批判3——コンサルタントの地図が、土地のほうを作ってしまう

その前に、私たち自身に返ってくる批判をひとつ。Clegg、Kornberger、Rhodesが2004年に『Management Learning』35巻1号(31〜44ページ)に書いたことですが、コンサルティングはまず言語の仕事であって、話し、聞き、読み、書くことを通して現実のほうを作ってしまう、という指摘があります。彼らはこう書いています。「地図は土地を映しているのではない。地図を描きながら土地のほうを形づくっている」。コンサルタントが手にしている地図——イメージ、記憶、理論——が、その仕事のありようを決めている、と。

これは、外部の人間が会社の物語を書くという仕事の、いちばん弱いところを突いています。私たちが「御社はこういう会社です」と物語を提示したとき、それが本当にその会社の中にあったものなのか、私たちが持ち込んだ型に会社を当てはめただけなのか、提示した本人には見分けがつきません。

こじつけとの分かれ目は、都合の悪い事実を削るかどうか

私たちが使っているのは、単純な線引きです。

こじつけは、都合の悪い事実を削ります。私たちの言う物語は、削りません。

きれいな筋を作りたいとき、いちばん簡単なのは、筋に合わない出来事をなかったことにすることです。失敗した新規事業、辞めていった人、大口が抜けた年。これらを外すと、話は通りやすくなります。そして、社内では誰も信じません。当事者は削られた出来事のほうを覚えているからです。

見分ける材料は、聞いた側が持っています。相手が「そう言われればそうだ」とうなずくかどうかでは判定できません。うまいこじつけでも、うなずきは出ます。見るのは、相手がいちばん触れられたくない出来事を、こちらが物語の中に入れて話しているかどうかです。入れずに済ませた筋は、その場では通っても、当事者の記憶と食い違ったまま残ります。

ワイクが挙げるもっともらしさの条件は、快さではありません。筋が通っていること、無理がないこと、使えること、そして社会的に受け入れられ信用されることです。ただしワイク自身は「正確さはあったほうがいいが、なくてもいい」とも書いていて、正確さを担保だとは言っていません。都合の悪い事実を外した話は社内で通らない、というのは、理論ではなく私たちが現場で何度も見てきた経験のほうです。

なお、この理論には「反証されたので使うのをやめるべき」という種類の批判は見当たりませんでした。出ているのは、どこまで説明できるかの線引きをめぐる議論です。同じ構図は野中郁次郎のSECIモデルでも起きていて、そちらはSECIモデルへの批判を一次資料で追った記事にまとめました。理論を実務で使う人にとっては、批判を知っているほうが使い方の線を引けます。

自社の過去を語り直す手順と事例——私たちが企業分析でやっていること

ここからは、私たちが実際にやっていることを書きます。7つの特性のうち、実務にいちばん使えるのは回顧です。「創業から今日までの出来事を、今の方針が筋の通ったものに見える形で並べ直す」という作業に落とせます。

なぜ報告書を物語の形にするのか

私たちは、企業分析の結果をドラマ仕立てのストーリーにして渡します。長いこと癖でやっていて、ワイクの理論と同じことをしていたと気づいたのは、恥ずかしながらここ最近です。

理由は、正しい報告書は読まれても使われないからです。従業員インタビュー、アンケートの集計、市場データ、競合の動き。これらを章立てで並べた資料は、読んだその場では納得されて、次の週には開かれません。プロジェクト自体は、それでも進みます。差が出るのはそのあとです。

物語にすると、扱いが変わります。社内の人が自分をその物語の登場人物として想像できるようになるからです。この違いは、あとで具体的に書きます。

手順は4つ

  1. 創業から今日までの出来事を並べる。転機と失敗を削らないことが条件です。売上の推移だけでなく、誰が入って誰が辞めたか、何をやめたかまで入れます。
  2. 今の方針から振り返って、筋が通る並べ方を探す。ここが回顧の作業です。時系列に並べるだけでは物語になりません。今やろうとしていることに向かって、どの出来事がどうつながるのかを探します。
  3. 都合の悪い事実を物語の中に組み込む。外さずに、物語の中のどこに置くかを決めます。多くの場合、いちばん痛い出来事が話の折り返しになります。
  4. 当事者の言葉で検証する。私たちが「よくできた」と思うかどうかは判定に使いません。痛い出来事を含めて話したうえで、それでも「うちらしいな」「そういうことだったのか」が返ってくるかどうかで見ます。

4番目が、前の章で触れたCleggらの指摘に対する、私たちなりの対処です。外部の人間が作った筋が、その会社のものかどうかは、外部の人間には判定できません。

実際にあった案件——看板が外れた製造業

匿名で1件書きます。製造業、中規模の会社です。

この会社は、社名に大手企業の名前が入っていました。その看板があるので、営業らしい営業をしなくても仕事が入ってくる。ところが資本関係が変わり、その名前が使えなくなりました。市場での競争力が、急激になくなります。

分析を一通り終えた報告の場で、私たちが担当者に語ったのは、この形の物語でした。創業して順調だった会社が少し落ちてきて、また上っていく。よくある話の流れです。主人公は、経営者でも担当者でもなく、その会社そのものにしました。

物語に組み込んだ、いちばん耳の痛い事実はこれです。お金持ちに生まれた2世みたいなもので、会社の力を自分の力と勘違いして何もしてこなかった。それが剥がれた瞬間に、何もなくなってしまった。

報告書にもこの筋で書き、口頭でも語りました。担当者からは上席にも伝わっています。「それは違う」と言われたことは一度もなく、返ってきたのは「その通り」でした。

「また上っていく」の根拠も、勝手な励ましではありません。新しく来た経営者に力があり、動き出す速さも人柄も、周りから信頼されていたこと。それから、この会社がもともと持っていた、ものづくりに関する組織としての仕組みと文化です。他の製造業にはなかなかない珍しいもので、市場での競争優位を生む可能性が十分にありました。

この物語の材料をどこから拾ったかというと、数字の異常値ではありません。従業員インタビュー、調査データ、担当者から聞いた話、これまでの会社の話。その中のいくつかの小さな事実が引っかかり、そこから物語の形が育っていきました。理論の言葉で言えば、この引っかかった小さな事実が抽出された手がかりです。ワイクはこれを「そこから何が起きているかの大きな像を育てる種になる、単純で見慣れた構造」と書いています。

製造業の現場が想像できたぶん、筋が浮かぶのは早かった。ただし早く浮かんだ筋ほど、こちらの思い込みである可能性も高い。だから4番目の手順を外さないようにしています。

耳の痛い事実を入れるかどうかで迷ったことはありません。事実だからというのがひとつ。もうひとつは、それがあるから今の伸びがあるからです。入れないと物語として成立しないので、入れないという選択肢がそもそもない。前の章で書いた「削らない」は、こういう意味です。

ブランディングで何が変わるか——ふとした瞬間に、ブランドを演じられるか

ブランディングの実務でセンスメイキングが効くのは、制作物を作る前の段階です。デザインもコピーも、その会社がどういう話なのかが決まっていないと、誰も判断できません。

正直に書くと、普通の報告書で出していてもプロジェクトは成立していたと思います。まとまるものはまとまる。違いが出るのは、そのあとです。ひとことで言えば、ふとした瞬間に、そのブランドを演じることができるかどうか。

無味乾燥な分析データだけを渡されていると、その場その場の反応が遅れます。会議で急に意見を求められたとき、制作物の細部を決めるとき、取引先に説明するとき。資料を思い出してから考えることになるからです。

自分を物語の一員として想像できていると、ここで何を言えばいいか、何を作ればいいかがイメージしやすくなる。本人だけでなく、お客様の側も演じやすくなります。

内部のクリエイティブメンバーの反応もはっきりしていました。ものすごくイメージしやすいから、ものすごく作りやすかった。熱が入った、と。作る側の熱の差は、出てくるものに出ます。

これまでのところ、物語を渡したせいでできなくなったことは出ていません。増えたのは、やらなくていいことが分かるという効果でした。やることがはっきりして、やらないことも決まります。

ワイクの言葉に戻すと、これがイナクトメントです。人は与えられた環境の中で動くだけでなく、動くことで環境を作っていく。自社を物語の一員として演じ始めた会社は、その演技によって周りの反応を変えていきます。

私たちは「正しい戦略はほとんど死んでいる」と考えています。戦略が生きるのは、誰かの中で「これでいく」と心が決まったときです。その「決まる」という出来事が、ワイクの言う意味づけが成立した瞬間だと思っています。

物語がうまく作れないときの直し方

いつもうまくいくわけではありません。物語が崩れる典型があります。

経営者が本当は気にしている点を言い当てたときに、「そうは言ってもね」とカッコをつけられる場面です。本当のところを言わずに、外向けの顔で答えられる。ここが入ると、物語性が全部崩れます。「それは違うな」と思うことは、正直けっこうあります。

直し方は、想定される結果のほうから語ることです。私たちは作用反作用の法則だと思っています。社内で語っている話とお客様に見えている姿がずれていると、市場の反応もずれて、ビジネスとして成立しません。だから「その筋でいくと市場からはこう返ってきますよ」と、結果の側から順に戻して直していきます。

私たちがやりたいのは、組織の内側にあるものと、お客様が求めているものをくっつけることです。ワイクの言う社会的プロセスを、社内だけでなく市場まで広げた見方だと考えています。自社の成り立ちから物語を作る手順は、自社のWHYの見つけ方にも別の角度から書きました。

それでも引き出しにしまわれるとき

物語にしても、しまわれることはあります。傾向はあります。

大きい会社ほど起こりやすい。物語にすると、やることがはっきりします。すると事業部の間のわだかまりや、必要になる調整が具体的に想像できてしまい、「めんどくさい」で引き出しに入ります。

もうひとつ、担当者が置かれている立場もあります。社内を通す責任がある人ほど、何かを言っているようで何も言わない資料のほうが扱いやすい。角が立たないからです。そこを越えて通そうとする人がいるかどうかで、その後が変わります。エネルギーがある担当者じゃないと難しいかな、といつも思います。

この観察は、次の章の理念の話にそのままつながります。

理念が「誰も反対しないが、誰も覚えていない」言葉になる理由

理念づくりになると、会社は急に嘘をつきます。

普段は「今期は数字が厳しい」「あの取引は割に合わない」と具体的に話している人が、理念の会議では「社会に貢献する」「価値を創造する」と言い出す。書かれた文章はどれも正しくて、誰も反対しません。そして、半年後に社員に聞くと誰も覚えていない。

誰も反対しない理念は、誰の心にも残りません。反対されないのは、内容が誰にも引っかかっていないからです。

浸透の前に、意味づけが起きているか

理念が使われないとき、たいてい「浸透が足りない」と診断されます。ポスターを貼る、朝礼で唱和する、研修に入れる。私たちが見ている限り、それで動き出した会社はほとんどありません。

理由は、作る段階にあります。意味づけが起きていない言葉は、何回聞かせても意味になりません。ワイクの7つの特性で言えば、アイデンティティに触れておらず、社会的なやりとりを経ておらず、過去の出来事と結びついていない状態です。手がかりが1つも入っていないので、拾いようがない。

前の章で書いた「何かを言っているようで何も言わない資料」は、ここで再び出てきます。何も言わない言葉は、反対されない代わりに、意味づけも起こしません。理念が形だけ残ってしまったときに立て直すのか作り直すのかという判断は、理念の形骸化をどう扱うかで書きました。理念・ミッション・ビジョン・バリューの関係を先に整理しておきたい場合は、企業理念とは何かのほうが早いと思います。

理念づくりで、センスメイキングをどう使うか

やることは、前の章の4つの手順と同じです。理念の言葉を考える前に、創業から今日までの出来事を、失敗も含めて並べる。今の会社が何に向かっているかから振り返って、筋の通る並べ方を探す。いちばん痛かった出来事を、その物語のどこに置くかを決める。そのうえで、社内の人に語って「うちらしいな」が返ってくるかを見る。

理念の言葉は、この物語の中から拾います。物語の外から持ってきた言葉は、どれだけ正しくても手がかりになりません。強い理念は、聞いた人が「うちらしいな」と感じるもので、この感覚はその会社の過去の出来事と結びついていないと出てきません。だから理念づくりの前に、自社の物語を作る作業が要ります。順番が逆になっている会社が、とても多い。

SECIモデルとの違い——知識を変換する理論と、意味を作る理論

日本の会社でよく併用されるのが、野中郁次郎のSECIモデルです。混ざりやすいので、違いを書いておきます。

SECIモデルは知識を扱います。個人の中にある言葉にならない知恵を言葉にして、体系にして、また身体に戻す。扱っている対象は、手順や判断の中身です(SECIモデルとはにまとめてあります)。

センスメイキング理論が扱うのは、意味です。同じ出来事を、その組織がどういう話として受け取るか。

この2つは競合しません。順番の問題として重なる、というのが私たちの見方です。暗黙知を形式知にする作業、つまり暗黙知を形式知に変える実務を丁寧にやっても、そこで出てきた言葉に意味づけが起きていなければ、文書が1本増えるだけで終わります。逆に、意味づけだけが盛り上がって中身の知識が伴わなければ、掛け声で終わります。

私たちの実感では、詰まるのは意味づけの側が多い。手順書は作れるし、書き方も外に頼めます。「うちはこういう会社だ」という話は、外の人間が代わりに決めることはできません。私たちがやっているのも、材料を並べて筋の候補を出すところまでで、それでいくと決めるのは社内の人です。

センスメイキングが効く場面と、効かない場面

万能ではありません。使いどころを間違えると、危ない使い方になります。

日本語の解説記事でよく挙げられるのは、意味づけが必要になる3つの場面です。危機のとき、自分たちが何者かが揺らいだとき、そして意図して変わろうとするとき(承継、リブランディング、理念の作り直しなど)。この3つは、MaitlisとChristiansonが2014年のレビュー論文で整理した引き金の分類に由来します。日本語では入山章栄がこの論文を引いて、危機的な状況(crisis)、アイデンティティへの脅威(threat to identity)、意図的な変化(intended change)の3つとして紹介しています。ワイク自身の1995年の著書では、意味づけが必要になる場面は第4章で曖昧さと不確実性の2つとして扱われていて、この3分類は後続のレビュー論文の側の整理です。私たちが相談を受ける場面も、ほぼこの3つに集まります。

効かないのは、答えがすでに決まっている判断です。この設備は基準を満たしているか、この処理は法令に沿っているか、この数字は合っているか。ここに「そう考えたほうが筋が通る」を持ち込むと事故になります。もっともらしさは、答えが決まっていない場面で人が動き出すための話です。

安全管理の現場でも、想定外が起きて手順が通用しなくなった瞬間には意味づけが働きます。マン渓谷がまさにその場面でした。あれは意味づけが崩れた話であって、「地図なしで進め」という教訓の話ではありません。ワイクが挙げた4つの条件——即興、仮想的な役割体系、賢さの姿勢、敬意ある相互作用の規範——は、どれも崩れかけたときに持ちこたえるための備えです。隊長のDodgeが自分で火をつけて生き延びたのは即興そのものですが、それは正しい手順を捨てた話ではなく、手順が通用しなくなった場面での判断です。

社内で使うなら、順番はこうなります。事実と数字は正確に押さえる。そのうえで、それをどういう話として語るかを設計する。片方だけでは動きません。

よくある質問

正確さは捨てていいということですか

違います。ワイクが書いたのは、人が意味をつけるときの判断がもっともらしさで進むという観察であって、正確でなくてよいという指示ではありません。私たちの経験では、都合の悪い事実を削った話は社内で通りません。正確さは、もっともらしさの材料です。

トップが上手に語れば済む話ですか

それだけでは足りません。7つの特性のひとつが社会的プロセスです。聞いた人が自分の言葉で語り直せるようになって、初めて意味づけが成立します。判定に使えるのは、社長が話した回数ではなく、部長や現場の人が自分の言い方で同じ筋を説明できるかどうかです。

日本企業の事例はありますか

この記事の「看板が外れた製造業」が、私たちが関わった1件です。学術文献では、都筑信行が2021年の論文で日本の中小企業への聞き取りをもとに、7つの特性がどう現れるかを整理しています。有名企業の事例集のようなものは、日本語ではまだ見当たりません。

ストーリーテリングと同じですか

重なりますが、範囲が違います。ストーリーテリングは語る側の技術です。センスメイキングは、語られた話が組織の中で意味になっていく過程を指します。上手に語られても意味づけが起きないことはあるし、下手な説明でも、聞き手の側で過去の出来事とつながって腑に落ちることもあります。

「センスメイキング」と「センスメーキング」はどちらが正しいですか

どちらも使われています。文眞堂の邦訳の書名は『センスメーキング イン オーガニゼーションズ』で、日本語の解説記事や検索では「センスメイキング」が多い。原語は sensemaking なので、指しているものは同じです。

参照した一次情報