暗黙知を形式知に変える方法——一番難しい「表出化」の実務

「あの人にしかできない仕事」が社内にいくつありますか。

暗黙知と形式知の話は、突き詰めるとその一点に行き着きます。定義や図の説明はどこにでもありますが、実務で本当に困るのは「ベテランの頭の中を、どうやって言葉にするか」です。そして、そこだけがいつまでも解決しません。

この記事では、暗黙知と形式知の違いをまず短く整理したうえで、SECIモデルのなかで唯一つまずく「表出化」に本文の大半を使います。扱うのは次の5つです。


暗黙知と形式知とは——1分でわかる定義と違い

先に結論です。暗黙知は「本人も説明できていない知」、形式知は「言葉や図にできた知」です。

暗黙知 形式知
ひとことで 言葉にできていない知 言葉・数字・図にできた知
具体例 自転車の乗り方、ベテランの目利き、接客の間の取り方 作業手順書、マニュアル、レシピ、チェックリスト
伝わり方 一緒にやって覚える 読んで覚える
どこに溜まるか 人に付く 組織に残る
弱点 その人が辞めると消える 細かい判断まで書ききれない

自転車が分かりやすい例です。乗れる人は全員、体重の移動もハンドルの微調整もできています。でも「どうやってバランスを取っているの」と聞かれて説明できる人はほとんどいません。できるのに、言えない。これが暗黙知です。

一方、「サドルの高さは股下の長さを基準に決める」と手順に書けば、それは形式知です。読めば誰でも再現できます。

仕事の場面に置き換えると、こうなります。見積書のフォーマットは形式知。値引きをどこで止めるかの勘所は暗黙知。クレーム対応マニュアルは形式知。この客はもう限界だ、と察知する感覚は暗黙知。

会社が困るのは、後者ばかりが利益を左右するのに、後者ばかりが引き継げないことです。


なぜ「知っているのに説明できない」のか——ポランニーの原点

暗黙知という言葉を最初に使ったのは、経営学者ではありません。マイケル・ポランニー(1891–1976)というハンガリー生まれの科学者です。もともと物理化学の研究者で、のちに科学哲学に移りました。主な著作は『Personal Knowledge』(1958年)と『The Tacit Dimension』(1966年)。後者は『暗黙知の次元』として邦訳されています。

ポランニーの主張は、大意でいうとこうです。人は、自分が語れることよりも多くのことを知っている。

彼が例に挙げたのは、人の顔を見分ける能力です。ある人の顔を知っていれば、千人、いや百万人の中からでも、その人を見分けられます。それなのに、どこを見てその人だと分かるのかは、たいていの場合、言葉にできません。知っているのに、語れない。この構造はどこにでもあります。

もう一つ重要なのは、ポランニーが「暗黙知のうち少なくとも一部は、言葉にしきれない」と考えていた点です。細部まで特定しきれない技は、手順書を書いて渡すという形では伝わらない。そばで見て真似るという、人から人への直接の伝わり方しかない。彼はそう論じました。ただし「伝えられない」とまでは言っていません。言葉以外の経路でなら、渡せるものもある、という立場です。

ここは押さえておいてください。暗黙知はもともと「まだ言語化されていないだけの知識」ではなく、「言語化を拒む何か」として提出された概念でした。ただし、実務で私たちが「暗黙知」と呼んでいるものの多くは、この厳密な意味での暗黙知ではありません。この区別が、記事の後半で効いてきます。


SECIモデル——暗黙知の形式知化で詰まるのは「表出化」だけ

この概念を経営に持ち込んだのが、経営学者の野中郁次郎氏です。1991年のハーバード・ビジネス・レビュー論文が出発点になり、その後、竹内弘高氏との共著『The Knowledge-Creating Company』(1995年。邦訳『知識創造企業』)で、SECIモデルとして整理されました。野中氏は2025年1月に89歳で亡くなっています。

SECIは、知識が4つの段階を回りながら増えていく、という考え方です。

野中氏はまた、知識は文脈から切り離せないとして「場(Ba)」という概念も示しています(Nonaka & Konno、1998年)。知識の移転は、それが起きる場所や人間関係と切り離せない、という指摘です。

ここで言い切ってしまいます。4つのうち、やり方が分からなくて詰まるのは、ほぼ表出化だけです。

共同化は、同じ現場で一緒に過ごす時間さえ確保できれば進みます。難しいのは時間の確保であって、やり方ではありません。連結化も、既にある文書を整理する作業なので、必要なのは工数です。内面化も、書かれたものを実際に使う機会を作れば進みます。

ところが表出化だけは、時間を取っても人を集めても、進め方が分からないまま止まります。「ベテランにヒアリングして手順書にまとめよう」というプロジェクトが、資料が出てこないまま自然消滅する。あの現象の正体は、全部ここです。

これは一部の会社の悩みではありません。厚生労働省の「令和6年度 能力開発基本調査」では、能力開発や人材育成に何らかの問題があると答えた事業所が79.9%にのぼりました。問題として最も多かったのは「指導する人材が不足している」で59.5%です。教える人がいないというのは、人手の話であると同時に、教えられる形になっていない、という話でもあります。

だから以降は、表出化の話をします。


表出化の実務——言葉にならないものを言葉にする問いの設計

表出化とは、暗黙知を言葉や概念に変えて、形式知にする段階のことです。

まず、身も蓋もない事実から始めます。

熟練者に「なぜそう判断したのですか」と聞いても、多くの場合、答えは出てきません。

返ってくるのは「経験ですね」「なんとなく分かる」「勘です」のどれかです。相手が非協力的なわけでも、隠しているわけでもありません。説明できないことが暗黙知の定義そのものなので、まっすぐ聞けば答えられないのは当たり前なのです。私たちも理念づくりの仕事で経営者やベテランへの聞き取りを重ねてきましたが、まっすぐ聞いてうまくいった記憶は、ほとんどありません。

ここを勘違いすると、ヒアリングは失敗します。必要なのは、質問を熱心に繰り返すことではなく、まっすぐ聞かずに迂回する問いを設計することです。

現場で効きやすい問いの型は、この5つです。

問いの型 聞かないこと 代わりに聞くこと
① 選ばなかった選択肢 なぜAにしたのか なぜBをやめたのか
② 2件の比較 判断のコツは何か この2つの違いはどこか
③ 例外と失敗 うまくいった理由 想定外をどう処理したか
④ 感情が動いた瞬間 大事にしている基準 最近、何に引っかかったか
⑤ 周囲への質問 本人への深掘り あの人は何が違うのか

順に説明します。

① 選ばなかった選択肢を聞く

「なぜAにしたのですか」ではなく、「Bは考えましたか。なぜやめたのですか」と聞きます。

人は、自分が選んだ理由を語るのは苦手ですが、捨てた理由を語るのは得意です。「Bだと納期が読めなくなるから」「Bはあの工程で必ず揉めるから」といった言葉が出てきます。これが判断基準です。選択の理由は言葉になりにくいのに、却下の理由は言葉になります。

② 判断が分かれた具体的な場面を持ち込む

抽象的に聞かず、実物を持ち込みます。似ているのに扱いが違った2つの案件、通した見積と断った見積、採用した人と見送った人。それを並べて「この2つの違いはどこですか」と聞きます。

一般論では出てこない基準が、比較になった瞬間に出てきます。「こっちは先方の担当がまだ若い」「こっちは前に一度こじれてる」。本人が意識していなかった条件が、比べることで初めて表に出ます。

③ うまくいった話ではなく、例外と失敗を聞く

成功事例のヒアリングは、たいてい空振りに終わります。うまくいった話は本人のなかで整理されすぎていて、きれいな物語になってしまうからです。

聞くべきは、想定外が起きたときにどう処理したかです。「マニュアル通りにやったのに駄目だった時のこと」「あれ、おかしいなと思って手を止めた時のこと」。判断の中身は、順調な時ではなく、順調でなくなった時にはっきり現れます。

④ 感情が動いた瞬間を聞く

「最近、部下の仕事を見ていて引っかかったことはありますか」「怒ったのはどんな時ですか」。

これはかなり効きます。人が引っかかるのは、自分のなかの基準に触れたときだからです。「あの見積の出し方は違う」と怒った人は、正しい見積の出し方についての基準を持っています。ただ、それを平常時に言葉で説明することはできない。怒りや違和感は、言語化されていない基準が表に出た信号として使えます。

⑤ 本人ではなく、周囲と第三者に聞く

そして、本人に聞くより有効なことが多いのがこれです。当人に聞くのをやめる。

トヨタ生産方式の研究がその実例です。スティーブン・スピアーとケント・ボーエンは、4年間で40以上の工場を調査し、1999年のハーバード・ビジネス・レビューに結果を発表しました。彼らの結論は、トヨタ生産方式の本質が、どこにも明文化されていない4つのルールにある、というものでした。

つまり、当事者たちは自分たちが従っているルールを言語化していなかった。世界中が見学に来ても真似できなかったのは、真似する側の能力の問題というより、本人たちも説明できていなかったからです。それを最初に言葉にしたのは、外から長期間観察した第三者でした。

これは自社でもそのまま使えます。ベテラン本人に聞くのと並行して、その人と組んでいる若手に「あの人、他の人と何が違いますか」と聞く。だいたい、若手のほうが具体的に答えます。「電話を切ったあと、必ず一回、先方の会社名で検索してるんですよ」というような話が出てきます。

この聞き方は、研究分野として確立されている

なお、この種の聞き取りは思いつきではなく、研究分野として確立されています。認知的タスク分析と呼ばれる領域で、その代表的な手法のひとつが、ゲイリー・クラインらが1989年に定式化したクリティカル・ディシジョン・メソッドです。

おおまかには、印象に残っている実際の出来事を一つ選んでもらい、それを時系列で並べ直し、判断が分かれた地点まで戻って何度も掘り下げ、最後に「もしあのとき条件が違っていたら」と揺さぶる、という進め方をします。抽象的な質問を避けて、具体的な一件に張り付く。この記事で挙げた5つの型も、原理は同じです。

一般論を聞かない。具体的な一件に降りる。これだけ守れば、ヒアリングの成功率は変わります。


形式知化できない暗黙知、してはいけない暗黙知

ここで冷静な話をします。すべての暗黙知を形式知にしようとするのは、失敗する計画です。

参考になるのが、社会学者ハリー・コリンズの整理です。著書『Tacit and Explicit Knowledge』(2010年)で、彼は暗黙知を、言語化の難しさの順に3つに分けました。

① 関係的暗黙知。組織の事情や人間関係の都合で、たまたま言葉になっていないだけのもの。誰も書き残さなかった、聞かれたことがなかった、教える時間がなかった。職場でいえば、値引きの止めどころや、引き継ぎ資料に書かれなかった取引先の事情です。これは形式知にできます。実務で扱う暗黙知の多くはここです。

② 身体的暗黙知。自転車のバランスのように、本人は語れないもの。職場でいえば、溶接の手の感覚や、商談での間の取り方です。原理としては記述できますが、その記述を読んでも同じようにはできません。書けるが、書いても伝わらない領域です。

③ 集合的暗黙知。言語の使い方のように、社会全体が持っている知。職場でいえば、「この業界ではそれは言わない」というような、業界の暗黙の商習慣です。個人から取り出す方法は、いまのところ見つかっていません。ここを形式知にしようとするのは、少なくとも当面は、無理筋です。

この分類が実務で効くのは、言語化の投資先を決められるからです。たまたま言葉になっていないだけのものに集中する。体で覚える領域はマニュアルではなく実地訓練に回す。社会が持っている知は追いかけない。この振り分けをせずに「全部ドキュメント化しよう」と始めたプロジェクトは、後の2つで時間を溶かして止まります。

もうひとつ、形式知にできるが、しないほうがいいものもあります。特定の人物への評価、取引先の内部事情、口頭でだけ共有されてきた繊細な経緯。こうしたものは、文書にした瞬間に流出や誤読のリスクを抱えます。言語化の対象を選ぶときは、「できるか」だけでなく「文書として残してよいか」も見てください。

ポランニーと野中をめぐる論争

もうひとつ、知っておくと視界が良くなる論争があります。

前半で、ポランニーが「暗黙知の少なくとも一部は言葉にしきれない」と考えていた、と書きました。ところがSECIモデルは、暗黙知を形式知に変換できる前提で組み立てられています。ここに矛盾があるのではないか、という批判です。

ハリディモス・ツォウカスは2003年に、野中・竹内の言う暗黙知は「まだ言語化されていない知識」にすぎず、ポランニーが言った本質的な言語化不可能性を無視している、と指摘しました。

これに対して野中氏自身は、ゲオルグ・フォン・クロー氏との共著論文(Organization Science、2009年)で、こうした一連の批判に応答しています。暗黙知と形式知は、あるかないかの二分法ではなく、もともと連続体の上で区別されるものだ、という立場です。

どちらが正しいかは決着していません。学術的な論争としては継続中です。ただ、実務者としてはこの応答のほうが使えます。

つまり、形式知化とは0か1かの作業ではなく、連続体の上をどこまで動かすかという設計の問題だということです。「完全に言語化する」も「言語化は無理だから諦める」も、どちらも極端です。今より少し言葉になっていれば、引き継ぎのコストはその分だけ下がります。


マニュアルを作ったのに使われない、の正体

言語化がうまくいったとして、まだ関門があります。作った形式知が使われない問題です。

原因のほとんどは、抽象度にあります。整理すればするほど、文書は目の前の一件と結びつかなくなるのです。「顧客の状況を十分に把握したうえで最適な提案を行う」と書いてあっても、今まさに揉めている案件の役には立ちません。読んだ人は「そりゃそうだ」と思って閉じます。

なぜ抽象度が上がってしまうのか。形式知化のゴールを「ドキュメントの完成」に置いているからです。完成品らしく整えようとすると、個別の事情が削られて、どこでも通用する一般論だけが残ります。正しいゴールは文書の完成ではなく、他人が同じ判断を再現できることです。

この分野で有名な観察があります。人類学者ジュリアン・オアが、ゼロックスのコピー機修理技術者に密着した研究です(『Talking about Machines』1996年)。

オアが見つけたのは、技術者が実際に仕事を成立させている知識が、会社が支給したマニュアルにはほとんど載っていない、という事実でした。彼らが本当に使っていたのは、日々の雑談や、お互いの体験談の交換です。「あの機種のあのエラー、実は電源部じゃなくて湿気だった」といった話が、雑談として流通していた。公式の形式知と、現場の実際の知が、別の場所を流れていたわけです。

私たちが企業の中に入ると、同じ光景をよく見ます。整えられたマニュアルは開かれず、現場で本当に回っているのは、先輩の書き殴りのメモだったり、過去のメールのやり取りだったりします。きれいにまとまった形式知ほど、使われないのです。

逆に、使われるのは汚い形式知です。特定の失敗の記録、実名入りの事例、断り文句の実物、断ったメールの文面そのもの。抽象化される前の、生々しいまま置いてあるもののほうが、次の判断に使われます。

だから、整えるのは後回しでいい。まず、一件ずつの具体を残す。この順番を逆にすると、たいてい使われない資料が増えます。

なお、この「作ったのに使われない」構造は、理念でもそっくり同じことが起きます。その話は理念浸透の方法を扱った記事で詳しく書きました。


AIは暗黙知を形式知にできるのか——2026年の現在地

2026年の時点で、この問いは実際に動いています。

KPMGジャパンは2026年1月に「暗黙知の形式知化エージェント」の提供を開始しました。製造業では、ライオンとNTTデータが2024年6月から、洗剤の生産技術領域で熟練技術者の暗黙知を生成AIで引き出す取り組みを始めています。川崎重工業とNTTデータは、設計業務の暗黙知を対話型のAIで掘り起こす取り組みを進めています。国の側でも、経済産業省とNEDOの懸賞金型プログラム「GENIAC-PRIZE」で「製造業の暗黙知の形式知化」が正式テーマのひとつになり、2026年3月には受賞者が発表されました。

では、AIはどこまでやってくれるのか。整理するとこうなります。

**AIが得意なのは、記録と整理です。**熟練者の作業映像や音声、日報、チャットログ、過去の判断の履歴。こうした大量の材料から、規則性を見つけて要約する。少なくとも、記録と整理にかかっていた工数は明確に減ります。

**AIが代われないのは、問いの設計です。**この記事の中心に置いた5つの型を思い出してください。何を聞かないか、どの具体的な場面を持ち込むか、相手がどこで詰まったのを見て掘り下げるか。これらは、相手との関係と場の空気の上で成り立っています。誰が聞くかによって、出てくる答えが変わる作業です。

コリンズの3分類と重ねると、もう少しはっきりします。たまたま言葉になっていないだけの暗黙知には、AIの効果が大きい。記録が残っていれば、拾い出して整理できます。体で覚えている領域には、映像解析やセンサーによる計測が新しい可能性を開いています。ただし、業界や社会が共有している常識のような知には、依然として届きません。

現時点での妥当な整理はこうです。AIは表出化の後工程を大きく速くしますが、最初の一撃、つまり本人が語れないものを引き出す問いは、まだ人間の仕事です。

なお、この分野は動きが速いので、この判断が数年後も同じかどうかは分かりません。断定できるのは、今のところ、という範囲までです。


経営者の暗黙知は、現場の暗黙知とは別物である

ここまでの話には、暗黙のうちに前提がありました。「現場の熟練者の技をどう引き継ぐか」という前提です。

ところが、経営者の暗黙知は、これとは種類が違います。同じやり方で扱うと、たいていうまくいきません。

違いはここです。

**現場の暗黙知は、手順の再現です。**どういう順番で、どこを見て、何を基準に手を動かすか。対象がはっきりしていて、正解に近いものがある。だからマニュアルという形式に落ちます。

日本酒の獺祭が典型です。蔵元(2025年6月に旭酒造から社名変更し、現在は「株式会社 獺祭」)は、1999年に地ビールレストラン事業の失敗で経営が傾き、先行きを案じた杜氏が蔵を去りました。後任は見つからず、翌2000年から社員だけで酒造りを始めます。そのために、工程をデータに置き換えました。洗米では、米を10〜15キロずつに小分けして重量を管理し、浸漬時間をストップウォッチで秒単位で計り、吸水率を0.1%単位で制御する。杜氏の勘に見えていたものを分解し、測れる手順に置き換えて、個人ではなく組織で酒を造る体制に変えたわけです。手順の再現は、こうやって解けます。

**経営者の暗黙知は、判断基準の再現です。**この案件を受けるか断るか。この人を採るか見送るか。値下げの要請にどこまで応じるか。儲かるが違和感のある仕事をどうするか。

ここには手順がありません。同じ状況が二度と来ないからです。マニュアルに落とそうとすると、「顧客第一で判断する」のような、何も決められない文になります。書いた瞬間に空洞になる。

では何になるのか。私たちの答えは、最終的には理念という形に収まる、です。

ただし、順番があります。いきなり「理念を書こう」とすると失敗します。私たちが実務で見てきた範囲では、先代や社長の判断基準を聞き出すつもりが、いつの間にか経営理念の言葉を整える作業になってしまう。出来上がるのは、誰も反対しないきれいな一文です。反対されないということは、何も決めていないということです。そうやって作られた理念がその後どうなるかは、理念が形骸化する構造を扱った記事で書いたとおりです。

そうではなく、まず「断った案件の記録」という生々しい形で残します。この記事の前半で挙げた問いの型①が、そのまま効きます。**なぜAを選んだかではなく、なぜBを捨てたか。**経営者の判断基準は、断った理由のなかにいちばん濃く残っています。この掘り下げ方は、自社のWHYの見つけ方でも使っている方法です。

その記録が何件か溜まったとき、共通して顔を出している判断の軸を、短い言葉にする。それが理念です。理念という言葉が薄っぺらく聞こえるとしたら、たいていの理念が、実例の裏付けなしに空欄を埋めるように作られているからです。本来の理念は、判断基準の要約です。それがあって初めて、社長がいない場面で誰かが同じ判断に近づけます。判断基準を理念の文言に落とす手順は、経営理念の作り方で詳しく書きました。

現場の暗黙知はマニュアルへ。経営者の暗黙知は、具体的な記録を経て、理念へ。混ぜないことが出発点です。


事業承継で本当に引き継げないもの

この違いが、いちばん重い形で表面化するのが事業承継です。

数字から確認します。帝国データバンクが2025年11月に公表した「全国『後継者不在率』動向調査」によれば、後継者不在率は50.1%で、前年から2.0ポイント下がりました。約27万社を対象にした調査で、7年連続の改善です。それでも、半数は後継者が決まっていません。

そして、後継者が決まった会社でも、引き継ぎは終わりません。

株式は契約で移せます。設備も不動産も取引先も、手続きを踏めば移ります。この部分は、専門家に頼めば処理できる領域です。

移らないのは、先代の判断基準です。

「この取引先は、条件が悪くても切らない」。なぜなのか。創業期に助けてもらったからなのか、業界内での評判の問題なのか、それとも単なる情なのか。先代の頭の中には理由がありますが、聞いても「まあ、昔からの付き合いだから」としか返ってきません。

後継者が困るのは、承継直後ではありません。数年後、先代がいない場面で前例のない判断を迫られたときです。そのとき参照できるものが何もない。数字は引き継いだのに、なぜその数字になっていたのかが分からない。

だから事業承継における表出化とは、業務の引き継ぎではなく、判断基準の引き継ぎです。そしてそれは、先代が元気なうちにしか取れません。体調を崩してからでは間に合わないし、亡くなったあとでは誰にも取り出せません。

具体的には、この記事で挙げた問いの型がそのまま使えます。断った案件、揉めた取引、後悔している判断、若い頃に怒られた話、そして先代が本気で怒った瞬間。順調だった話ではなく、順調でなかった話から聞く。それを整理して初めて、会社の判断基準が言葉になります。

この「引き継げないもの」を言葉にしていく作業は、事業承継のブランディングそのものでもあります。先代の判断基準を、次の代が使える形に整える進め方は、別の記事で詳しく扱っています。


まとめ

長くなったので、要点を整理します。

最後にひとつだけ。表出化は、プロジェクトとして一気に片づく作業ではありません。次にベテランが何かを断ったとき、「なぜ断ったんですか」と聞いて、答えをそのまま書き留めておく。表出化は、そこから始まります。


参照した一次情報