エフェクチュエーションとは|5つの原則と計画との組み合わせ方
エフェクチュエーションは、手持ちの手段から始めて、先を予測するより自分たちで動かせることに力を注ぐ考え方です。経営学者のサラス・サラスバシーが、熟達した起業家27人の意思決定を調べた研究をもとにまとめました。日本では、「手中の鳥」「許容可能な損失」「レモネード」「クレイジーキルト」「飛行機のパイロット」の5つの原則で説明されることが多いです。
対になるのは、目標を先に決めて逆算するコーゼーションです。サラスバシーは2001年の論文で、この二つは同時に起こり、重なり、からみ合うことがあると書きました。二つに分けて並べたのは説明のためだ、とも断っています。エフェクチュエーションは、計画を否定する理論ではありません。
私たちも、ブランドづくりの支援で最初から両方の考え方を使っています。どこに対してどう狙うかを決めることと、その会社の手持ちの手段を洗い出すことを、同時に始めます。その中身は、後半の「会社の中で使うときに、私たちがしていること」に書きました。
エフェクチュエーションとは:手持ちの手段から、つくれる結果を選ぶ考え方
サラスバシーは2001年の論文で、エフェクチュエーション(effectuation)を「手持ちの手段を前提として、その手段でつくれる結果の中から選ぶ過程」と定義しました。対になるコーゼーション(causation)は、「つくりたい結果を前提として、それを実現する手段を選ぶ過程」です。出発点が逆です。論文の要旨では、コーゼーションは予測の論理に、エフェクチュエーションはコントロールの論理に立つとされています。
ひとことで言うと:台所の戸棚にあるもので料理をつくる
論文には料理のたとえが出てきます。コーゼーションの料理では、依頼主が先にメニューを決め、料理人は必要な材料を書き出して買いに行き、作るだけです。
エフェクチュエーションの料理では、依頼主が料理人に、台所の戸棚を見て、そこにある材料と道具で何かつくってほしいと頼みます。メニューが決まるのは、戸棚を開けてからです。
サラスバシーは同じ論文で、たいていの夜、たいていの人は戸棚にあるもので夕食をつくっているのだろう、と推測しています。メニューを決めて買い物に行くのは、ディナーパーティーを開くときくらいです。どちらの作り方も、ふだんの暮らしの中にあります。
コーゼーション(目標から逆算する考え方)との違い
コーゼーションは、目標を先に決め、そこから逆算して手段を選ぶ考え方です。バックキャスト(目標から逆算する)の進め方に近く、市場を調べて狙う相手を決め、予算と計画を立てて実行する流れがこちらに入ります。
2001年の論文は、エフェクチュエーションの原則を4つ挙げ、どれもコーゼーションと対比させています。その対比に定義の違いを加え、本人の解説文の説明も一部足して、次の表にまとめました。並びは、このあと説明する5つの原則の順です。
| 項目 | コーゼーション | エフェクチュエーション | 対応する原則 |
|---|---|---|---|
| 出発点 | つくりたい結果(目標) | 手持ちの手段 | 手中の鳥 |
| お金のリスク | 見込める儲けで判断する | 失ってもいい額の範囲で判断する | 許容可能な損失 |
| 想定外のこと | すでにある知識を活かし、想定外はなるべく避ける | 想定外のことを活かす | レモネード |
| ほかの会社や人 | 競合を分析し、勝ち方を考える | 一緒にやる相手を増やす | クレイジーキルト |
| 未来の見方 | 予測して備える | 自分たちで動かせる部分を動かす | 飛行機のパイロット |
エフェクチュエーションの5つの原則
並び順は、日本語の入門書に合わせました。吉田満梨さん(神戸大学)と中村龍太さんの共著『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』(ダイヤモンド社、2023年)です。並び順は資料によって違い、公式サイト(effectuation.org)の原則のページではクレイジーキルトが3番目です。
手中の鳥(Bird in Hand):いま持っている手段から始める
公式サイトによると、熟達した起業家は新しい事業をつくるとき、まず自分の手段から始めます。手段は3つに分けられています。自分は誰か(性格・好み・能力)、何を知っているか(教育・訓練・専門・経験)、誰を知っているか(人とのつながり)です。
サラスバシーの解説文には、資金の少ないインド料理の料理人の例が出てきます。街なかで働く友人に頼み、職場の同僚に昼食を試食してもらうところから配達を始める、という進め方です。
許容可能な損失(Affordable Loss):儲けの見込みより、失ってもいい額で決める
公式サイトは、熟達した起業家は「どれだけ儲かるか」より「どこまでなら失ってもいいか」で決める、と説明しています。損の上限を先に決めておけば、売上の予測が立たなくても動き出せる、という考え方です。
最初の論文には、エフェクチュエーションでつくられた初期の会社は、失敗するとしても早い段階で、少ない投資額で失敗する、という命題(論文が確かめたい主張)があります。この原則が言っているのは、失敗したときの損を小さくすることです。成功しやすくなるとは書いていません。
レモネード(Lemonade):予想外のことを生かす(カモ井加工紙「mt」の例)
公式サイトはこの原則を、予想外のことを利益に変える力だと説明しています。吉田さんの2022年の論文によると、名前は「人生が酸っぱいレモンをくれたら、レモネードを作れ」という英語の格言に通じることからきています。
吉田さんが同じ論文で日本の例として挙げているのが、岡山県倉敷市の粘着テープメーカー、カモ井加工紙の「mt」です。同社はもともと、建築や塗装の現場で職人が使う養生用のマスキングテープを作っていました。ある時、工場見学の問い合わせが届きます。送り主は、マスキングテープの「ファン」を名乗る3人の女性でした。
工業用のテープで大事にされていたのは、貼りやすさやはがしやすさです。3人が気にしていたのは、色合いや透け感といった見た目でした。会社の側は最初、彼女たちが何を言っているのかさえ分からなかったといいます。
それでも、彼女たちが求める新しい色のテープを一緒に開発しました。こうして生まれたカラフルな新ブランド「mt」は大ヒットし、同社の新しい事業の柱になります。装飾用の文具テープという市場も生まれました。
最初から会社の新規事業として、経営資源を割り当てたわけではありません。担当者を中心とする社員3人が、業務外の時間に彼女たちと打ち合わせを重ね、動いていない時間帯の工場設備で最初の製品をつくりました。正式な事業になったのは、ヒットして市場が見えてからです。吉田さんは、この始め方を許容可能な損失の範囲での着手としても説明しています。
クレイジーキルト(Crazy Quilt):競合と争うより、一緒にやる相手を増やす
公式サイトの説明では、この原則の中心は、競合に勝つことより、パートナーとの関係をつくることです。2009年に Journal of Marketing に載った論文も、熟達した起業家は、関わると約束した人たちと一緒に新しい市場をつくっていく、と書いています。相手には顧客も入ります。
2001年の論文でサラスバシーが取り上げたのは、トレーラーのレンタル会社 U-Haul の創業です。創業者の L. S. Shoen は5,000ドルを元手に始めました。友人や家族、顧客に一人ずつトラックの頭金を出してもらい、そのトラックを使わせてもらっています。ガソリンスタンドとも契約して貸し出しの窓口にし、社員はほとんどいないまま事業を立ち上げました。
飛行機のパイロット(Pilot in the Plane):予測より、自分で動かせることに力を注ぐ
最初の論文が挙げた4つ目の原則にあたります。サラスバシーは「未来をコントロールできる範囲では、未来を予測する必要はない」と書きました。公式サイトは、コントロールすること、ほかの人と一緒につくること、未来を形づくることを重んじる原則だと説明しています。「飛行中のパイロット」と訳されることもあります。
5つの原則はどうつながるか
手持ちの手段から始め(手中の鳥)、失ってもいい範囲で一歩を決めます(許容可能な損失)。動くと関わる人が増え(クレイジーキルト)、予想外のことも起きます(レモネード)。そのたびに使える手段が増え、目指す先も変わっていきます。全体を通して、予測より自分たちで動かせることに力を注ぐのが、パイロットの原則です。
目指す先が変わる例として、同じ論文には架空のインド料理店「Curry in a Hurry」の思考実験があります。同じ構想から出発しても、進め方しだいで「Curry Favors」「School of Curry」「Curryland Travels」のような別の事業になりえます。本人の解説文によると、調査の起業家たちも、同じ製品の課題から出発して、18のまったく違う業界の会社を構想しました。行き先は人によって分かれたわけです。
どんな研究から生まれたのか:熟達した起業家27人の判断を調べた
熟達した起業家27人に、考えを声に出しながら課題を解いてもらった
研究のもとになったのは、サラスバシーがカーネギーメロン大学の博士課程にいたときの調査です。対象は熟達した起業家27人で、選んだ基準は「1社以上を創業し、少なくとも1社に10年以上とどまり、その会社を株式公開まで導いた」ことでした。
調べ方は、発話思考法と呼ばれるものです。架空の新製品を説明した課題を渡し、その製品で事業をつくるための判断を、考えていることを声に出しながら進めてもらいました。録音は書き起こして分析しています。本人の解説文によると、課題は17ページあり、2時間かけて取り組んでもらったそうです。
MBAの学生37人と比べて分かったこと
2009年に Journal of Business Venturing に載った比較研究(Dew ほか)は、同じ課題をMBAの学生37人にも解いてもらい、起業家たちと比べています。市場の候補を挙げる問題で、起業家たちは28の市場を挙げました。学生は12です。
課題の設定にない顧客層まで思い描いた人は、起業家の45%に対し、学生は5%でした。パートナーに触れた割合も、起業家55%、学生10%と開いています。費用や手元の限られた資金をどう使うかを気にかけたのは、起業家27人のうち24人、学生は37人のうち16人です。論文は、学生の考え方を、予測に頼った「教科書どおり」のものだと評しています。
2001年の論文では、原則は4つだった
最初の論文は、2001年に Academy of Management Review(26巻2号)に載った「Causation and Effectuation」です。このときサラスバシーは、ワシントン大学の助教授でした。論文の原則は次の4つです。
- 見込める儲けより、失ってもいい額で考える
- 競合を分析するより、ほかの会社や人と組む
- すでにある知識を活かすより、偶然を活かす
- 不確かな未来を予測するより、予測できない未来をコントロールする
原則の名前は、この論文には出てきません。手段から始めることは、定義そのものに入っています。5つの名前は、そのあとの著作や公式サイトで整理されました。英語の著書『Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise』が出たのは2008年です。
提唱者サラス・サラスバシー
サラスバシーは1998年に、カーネギーメロン大学で博士号を取りました。本人の経歴書によると、博士論文の指導教員は、1978年にノーベル経済学賞を受けたハーバート・サイモンです。その後、ワシントン大学とメリーランド大学を経て、2004年からバージニア大学ダーデン経営大学院で教えてきました。現在は同大学院の名誉教授です。
よくある誤解:計画を否定する理論ではない
計画と一緒に使ってかまわない
最初の論文で、サラスバシーは二つの考え方の関係をこう書いています。
「コーゼーションとエフェクチュエーションは、どちらも人の推論に欠かせない部分であり、判断や行動のさまざまな場面で、同時に起こり、重なり、からみ合うことがある。それでもこの論文では、理論を分かりやすく説明するために、あえて二つに分けて並べる」
二つに分けたのは説明のためでした。本人の解説文には、同じ人でも、状況に応じて両方を使い分けるとも書かれています。料理のたとえで言えば、ふだんは戸棚にあるもので夕食をつくる人も、パーティーの日にはメニューを決めて買い物に行きます。
一方で、論文は目的についてかなりゆるやかです。目的を途中で変えることも、時間をかけて目的を形づくっていくことも認めています。会社をつくりたいという大まかな願いでさえ、出発点として必須ではない、とまで書いているほどです。計画を禁じてはいませんが、最初に目的を細かく決めることも求めていません。
「とりあえずやってみる」とは違う
エフェクチュエーションを「とりあえずやってみればいい」という意味で受け取るのも、理論から外れています。許容可能な損失の原則は、失ってもいい額を先に決めてから動く、という順番でした。吉田さんも2022年の論文で、手持ちの資源から始める中小企業の進め方について、闇雲に行動していることを示すわけではないと述べています。
コーゼーションとどう組み合わせるか
研究は起業家から始まりましたが、その後、会社の中を調べたものも出ています。研究で見つかった組み合わせ方は、次の2つです。
順番に切り替える:初めはエフェクチュエーション、進むとコーゼーションへ
オランダのアムステルダム自由大学のハンス・ベレンズらは、小さな製造業5社の製品開発を調べ、2014年に論文にまとめました。従業員は5〜47人です。売上高はどこも1,000万ユーロ未満で、各社1件ずつのプロジェクトで起きた352の出来事を、時系列に並べて分析しています。
結論は、初めはエフェクチュエーションで始まり、時間がたつにつれてコーゼーションに寄っていくことでした。各プロジェクトを3つに区切ると、最初の3分の1では5件すべてで、目標より先に手持ちの資源が出発点になっていました。最後の3分の1では、1件だけです。
ただ、プロジェクト全体で見ると、5社のうち3社はコーゼーション寄りでした。きれいには分かれません。この研究で見つかった8つの戦術は、コーゼーションとの違いを書いた中編で紹介しています。ブランドづくりへの当てはめは後編「エフェクチュアル・ブランディング」に書きました。
社内で役割を分ける:大企業では、育つまで既存の評価から切り離す
2024年に『マーケティングジャーナル』(43巻4号)に載った柳淳也さん・吉田満梨さんらの論文は、大手電気機器メーカーのオムロンで生まれた2つの新規事業を調べました。その一つは、ドコモとオムロンの共同出資で設立されたドコモ・ヘルスケアです。
論文の要旨では、エフェクチュエーションで進める仕事を、しばらくはコーゼーションの評価基準から切り離しておくことが大切だとしています。社内ベンチャー制度や新規事業の部署が、その切り離された場にあたります。事業を立ち上げた竹林一さんは、論文の言葉では「7割程度の成功が見えた段階で」、計画と調整で動く組織の仕組みにつなぎ、事業を大きく進めていました。
この研究は、竹林さんへの3回の聞き取りをもとにした一社だけの事例です。竹林さんはドコモ・ヘルスケアの社長を務めた人で、この論文の共著者の一人です。論文自身も、仮説をつくる段階の研究であること、単一の事例であることを限界に挙げています。
吉田さんは2022年の論文で、会社の規模による違いにも触れています。エフェクチュエーションは決める人と動く人が同じであることを前提にしていて、階層の多い大企業ほど、この二つの役割が分かれがちです。中小企業は、経営者が決める人と動く人を兼ねるので、より使いやすいという見方です。
会社の中で使うときに、私たちがしていること
ここからは、私たちが支援の中でしていることを書きます。理論の説明ではありません。Brand Engineering の横内の言葉は、話した言葉に近い形で引いています。
最初から、二つの考え方を同時に使う
私たちは支援の最初から計画を立てています。横内の言葉では、こうです。
「最初からちゃんと計画はしています。まず全体の絵をきちっと描いて、そのうえで行動しないと、何が想定と外れていて、何がずれたのかが整理しにくい。なので、どっちの観点も同時にスタートさせている感じですね」
「どっちの観点」は、目標から逆算する見方と、手持ちの手段から考える見方の二つです。最初に、どこに対してどう狙うかを決めて全体の絵を描きます。同じ時期に、その会社が持っている手段を洗い出します。洗い出し方は次の節に書きました。ベレンズらの研究では、初めの段階は手持ちの資源が先に立っていました。私たちは初めの段階から、狙いを決めることと手段を洗い出すことの両方をしています。
狙いを決めておく理由は、横内の次の言葉のとおりです。
「とりあえずやらないと分からないよね、というときでも、どこに対してどう狙うかは決めたうえでないと、自分がやってみたときに、どこがどうずれたのかが分からなくなります」
狙いがないと、動いた結果を見比べる相手がありません。うまくいかなかったときに、狙った相手がずれていたのか、狙い方がずれていたのかを切り分けられなくなります。2001年の論文は、最初に目的を細かく決めることを求めていません。私たちが最初に狙いを決めるのは、動いたあとにずれを見つけるためで、実務の上での判断です。社内と市場を同時に見て戦略を決める進め方は、インナーブランディングとアウターブランディングはどちらが先かでも書きました。
手持ちの手段は、調査と仮説とインタビューで洗い出す
お客様の会社が持っているものは、経営資源も含めて洗い出します。事前調査をして仮説を立て、それにもとづいてインタビューをする流れで、特別なことはしていません。
経営者に限っては、子どもの頃からの原体験も聞いていきます。手中の鳥の「自分は誰か」にあたる部分です。
「結局、いろんなところの意思決定って、その経営者が育ってきた環境にかなり影響を受けるので。三つ子の魂百まで、ってやつですね」
聞いた話から、その経営者の判断基準を取り出し、その基準にもとづいて決めていくことが、市場に対してどうなのかを考えます。
失ってもいい額は、経営者が決める
いくらまでなら失ってもいいかを、お客様と決めることはあります。基準を決めるのは、私たちではありません。
「何を基準にするかは、もうその経営者の考えなので。経常利益の何パーセントまで投資に充てるとか、このあたりは経営者によって違うものなので、私が決めることではないと思っています」
許容可能な損失の原則でも、決めるのは「自分たちがどこまでなら失ってもいいか」でした。経営者が違えば、答えも変わります。
変えないものと、変えてよいもの
動きながら変えてよいものと、変えないものも分けています。
「ブランドコンセプトは変えないけど、表現は市場の反応で変えていい。これは今も同じです。ベースが変わっていないのであれば、それはいいかなと思うので」
理論は、目的が途中で変わることも認めています。私たちは、ブランドコンセプトまでは変えません。理由を横内に聞くと、こう答えます。
「ブランドコンセプトを変えると、根幹の戦略が変わってしまうので。おいそれとポンポン変えないほうがいいと思っています。戦略さえ一貫しているなら、その先の戦術は変えていいんじゃないか、という考えです」
市場の反応を見て変えるのは、表現をはじめとする戦術のほうです。リブランディングで何を変えて、何を残すかは、別の記事で詳しく書きました。
お客様の前では、この言葉を使わない
ここまでエフェクチュエーションの話をしてきましたが、私たちはお客様の前でこの言葉を使いません。
「あんまり横文字を使った難しい話をすると、余計にみんなが混乱してくるので、こういう話はしません。同じ話をするにしても、こういう言葉は使わないですね」
私たちがこの考え方にたどり着いた経緯は、3本の記事にまとめています。大手企業のブランディングの現場で感じた違和感は前編「心が動かないブランドを作り続けていた」に、理論との出会いは中編に、ブランドづくりへの当てはめは後編に書きました。
理論への批判と限界
「反証できない」「成功した人だけを調べている」という批判と、その反論
2015年、Arend、Sarooghi、Burkemper の3人が Academy of Management Review に批判論文を出しました。実証的な検証も批判的な分析も足りない、まだ提案の段階の理論だという立場です。批判の中には、次の二つがあります。
一つは、「先が読めず、資源が乏しい」という状況の置き方から、取るべき行動がそれしかない形で導かれていて、反証のしようがない、という点です。もう一つは調べた相手で、成功した「熟達者」だけを調べ、同じやり方で失敗した人や使わなかった人を調べていない、という指摘でした。比較研究の27人も、全員が自分の会社を株式公開まで導いた男性で、年齢は40〜82歳です。U-Haul やカモ井加工紙の例も、うまくいったあとで原則に照らして説明したものです。成功例をいくら集めても、同じやり方で失敗した会社がどれだけあったかは分かりません。
翌年、サラスバシーら4人が反論しました。反論は5つの点にわたります。実用を重んじる立場の理論を、反証できるかどうかを重んじる枠組みで採点している、というのが一つ目です。2001年の論文の命題は「失敗するなら早く、少ない額で失敗する」で、失敗しにくくなるとは言っていない、とも指摘しました。批判側が引いた関連文献は26件で、関連する論文の77%を見落としている、という数字も挙げています。
批判側は同じ号で、反論や論評の「すべての点に反論する」と応じました。論争は、まだ決着していません。
成果につながるかは、まだはっきりしていない
2009年には、Read、Song、Smit の3人が、エフェクチュエーションと新規事業の成果の関係をメタ分析(過去の研究のデータをまとめて計算し直す方法)で調べています。48の研究から、新規事業9,897社分のデータを集めたものです。エフェクチュエーションを直接測った研究ではなく、過去の論文の変数を、各原則にあたるものとして読み替えて使っています。
結果を見ると、手段、パートナーシップ、偶然の活用は、成果と統計的に有意なプラスの関係がありました。許容可能な損失は有意ではありません。成果を客観的な数字に絞って調べ直すと、研究の数が減り、パートナーシップと偶然の活用も有意ではなくなりました。
許容可能な損失は、もともと成功を増やす原則というより、失敗したときの損を小さくする原則として書かれていました。成果との結びつきが見られなかったことは、この原則の言い分とは必ずしもぶつからない、とも読めます。手段から始めることは、このメタ分析ではプラスでしたが、次の研究では結びつきが見られませんでした。研究によって結果が分かれた形です。
既存の会社の研究開発プロジェクトを調べた、ドイツのアーヘン工科大学の研究者たちの論文(Brettel ほか、2012年)は、予備調査123件のあと、400件で確かめています。新しさの大きいプロジェクトでは、許容可能な損失が効率と、パートナーシップと予想外の受け入れが成果と結びついていました。手段から始めることは、結びついていません。新しさの小さいプロジェクトでは、目標から始める、見込める儲けを重んじるといったコーゼーション側が、成果や効率と結びつきました。
ほかにも注意があります。2009年の比較研究とマーケティング誌の論文は、同じ27人と37人のデータを使っていて、別々の研究で確かめられた結果ではありません。マーケティング誌の論文の著者たち自身も、エフェクチュエーションの論理を使うことは、成功の必要条件でも十分条件でもない、と認めています。
役に立つのはどんな場面か
エフェクチュエーションは、もともと先が読めない状況での判断を扱う理論です。新商品や新しい市場がその例にあたります。上の研究開発プロジェクトの研究でも、エフェクチュエーション側の原則がいくつか成果や効率と結びついたのは新しさの大きいプロジェクトで、新しさの小さい仕事では計画型のほうが結びついていました。
仕事ごとにどちらの比重を大きくするかを変え、一つの仕事の中でも両方を混ぜて使う。ここまでの研究は、そういう使い方と合っています。ただし、調べた相手が成功者に偏っている点は忘れないでください。
もっと知りたい人へ:日本語で読める2冊
入門には、吉田満梨・中村龍太『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』(ダイヤモンド社、2023年)が読みやすいと思います。5つの原則を1章ずつ説明し、パートナーを得るための「問いかけ」にも1章を割いています。吉田さんは2026年1月から、神戸大学大学院経営学研究科の教授です。
理論をきちんと読みたい人には、サラス・サラスバシー『エフェクチュエーション 市場創造の実効理論』(碩学舎)があります。2008年の英語の著書を訳したもので、初版は2015年、加護野忠男さんの監訳、高瀬進さん・吉田満梨さんの訳です。2026年9月28日に第2版が出ました。第2版は加護野忠男さん・吉田満梨さんの監訳、磯田貴道さん・高瀬進さんの訳で、中央経済社の書籍ページによると、起業家の熟達の鍵となる「問いかけ」が新たに収められています。
よくある質問
エフェクチュエーションを簡単に言うと?
手持ちの手段から始めて、先を予測するより、自分たちで動かせることに力を注ぐ考え方です。サラス・サラスバシーが熟達した起業家27人の意思決定を調べた研究をもとに、2001年に理論の論文として発表しました。
エフェクチュエーションの5つの原則を短く言うと?
手中の鳥は、いま持っている手段から始めること。許容可能な損失は、失ってもいい額の範囲で動くこと。レモネードは予想外のことを生かすこと、クレイジーキルトは一緒にやる相手を増やすことです。飛行機のパイロットは、予測より自分で動かせることに力を注ぐことを指します。
エフェクチュエーションとコーゼーションの違いは?
コーゼーションは、目標を先に決め、そこから逆算して手段を選ぶ考え方です。エフェクチュエーションは、手持ちの手段から、つくれる結果を選びます。2001年の論文によると、コーゼーションは予測の論理に、エフェクチュエーションはコントロールの論理に立つものです。
エフェクチュエーションでは、計画を立てなくていいのですか?
立ててかまいません。2001年の論文は、二つの考え方は同時に起こり、からみ合うことがあると書いています。ただし、最初に目的を細かく決めることは求めていません。
私たちの支援では、最初にどこに対してどう狙うかを決め、同じ時期に手持ちの手段を洗い出しています。
エフェクチュエーションは中小企業でも使えますか?
使われている例があります。オランダの小さな製造業5社の研究では、製品開発の初めの段階で、手持ちの資源から始める進め方が見られました。吉田満梨さんは、経営者が決める人と動く人を兼ねる中小企業のほうが使いやすい、という見方を示しています。成果につながるかどうかは、研究でもまだ決着していません。
エフェクチュエーションへの批判はありますか?
あります。2015年に、反証できないこと、成功した起業家だけを調べていることなどを挙げた批判論文が出ました。翌年にサラスバシーらが反論しましたが、論争は決着していません。
まず何から始めるか
理論に沿って始めるなら、自社の手持ちの手段を「自分たちは誰か」「何を知っているか」「誰を知っているか」の3つに分けて書き出し、失ってもいい額を決めます。私たちの場合は、それと並行して、どこに対してどう狙うかも決めておくのが基本です。動いたあとで狙いと結果を見比べれば、どこがずれたのかが分かります。
参照した一次情報
論文
- effectuation.org「Causation and Effectuation: Toward a Theoretical Shift from Economic Inevitability to Entrepreneurial Contingency」(Sarasvathy, S. D., 2001, Academy of Management Review, 26(2), 243–263) https://effectuation.org/hubfs/Journal%20Articles/2016/06/amr01-inevitability-to-contingency-1.pdf
- effectuation.org「Effectual versus predictive logics in entrepreneurial decision-making: Differences between experts and novices」(Dew, Read, Sarasvathy & Wiltbank, 2009, Journal of Business Venturing, 24(4), 287–309) https://effectuation.org/hubfs/Journal%20Articles/Other%20Unfiled%20Articles/Effectual-versus-predictive-logics-copy.pdf
- effectuation.org「Marketing under Uncertainty: The Logic of an Effectual Approach」(Read, Dew, Sarasvathy, Song & Wiltbank, 2009, Journal of Marketing, 73(3), 1–18) https://effectuation.org/hubfs/Journal%20Articles/2017/06/Marketing-under-Uncertainty.pdf
- effectuation.org「A meta-analytic review of effectuation and venture performance」(Read, Song & Smit, 2009, Journal of Business Venturing, 24(6), 573–587) https://effectuation.org/hubfs/Journal%20Articles/2017/05/A-meta-analytic-review-of-effectuation-and-venture-performance.pdf
- effectuation.org「Corporate effectuation: Entrepreneurial action and its impact on R&D project performance」(Brettel, Mauer, Engelen & Küpper, 2012, Journal of Business Venturing, 27(2), 167–184) https://22657557.fs1.hubspotusercontent-na1.net/hubfs/22657557/Journal%20Articles/Other%20Unfiled%20Articles/Corporate%20Effectuation.pdf
- effectuation.org「Product Innovation Processes in Small Firms: Combining Entrepreneurial Effectuation and Managerial Causation」(Berends, Jelinek, Reymen & Stultiëns, 2014, Journal of Product Innovation Management, 31(3), 616–635・採択稿) https://effectuation.org/hubfs/Journal%20Articles/2017/06/Product_Innovation_Processes_in_Small_Fi.pdf
- Butler University Digital Commons「Effectuation as Ineffectual? Applying the 3E Theory-Assessment Framework to a Proposed New Theory of Entrepreneurship」(Arend, Sarooghi & Burkemper, 2015, Academy of Management Review, 40(4), 630–651) https://digitalcommons.butler.edu/cob_papers/284/
- effectuation.org「Response to Arend, Sarooghi, and Burkemper (2015): Cocreating Effectual Entrepreneurship Research」(Read, Sarasvathy, Dew & Wiltbank, 2016, Academy of Management Review, 41(3), 528–536) https://effectuation.org/hubfs/Journal%20Articles/2017/06/Response-to-Arend-1.pdf
- Butler University Digital Commons「Effectuation, Not Being Pragmatic or Process Theorizing, Remains Ineffectual: Responding to the Commentaries」(Arend, Sarooghi & Burkemper, 2016, Academy of Management Review, 41(3), 549–556) https://digitalcommons.butler.edu/cob_papers/283/
- 商工総合研究所『商工金融』2022年2月号「中小企業の市場創造プロセスにおけるエフェクチュエーションの活用」(吉田満梨・PDF) https://shokosoken.or.jp/shokokinyuu/2022/02/202002_3.pdf
- J-STAGE「大企業の新規事業開発におけるエフェクチュエーションの活用―持続的なBMIプロセスを可能とするイントラプレナーの意思決定と行動―」(柳淳也・吉田満梨・並木州太朗・竹林一・今庄啓二、マーケティングジャーナル43巻4号、18–30、2024年) https://www.jstage.jst.go.jp/article/marketing/43/4/43_2024.014/_html/-char/ja
著者・公式サイト
- UVA Darden School of Business「Saras D. Sarasvathy | UVA Darden School of Business」 https://www.darden.virginia.edu/faculty-research/directory/saras-d-sarasvathy
- UVA Darden School of Business「Curriculum Vitae Saras D. Sarasvathy」(2026年3月10日改訂) https://www.darden.virginia.edu/sites/default/files/inline-files/Sarasvathy_March2026_FullCV.pdf
- effectuation.org「The Five Principles of Effectuation」 https://effectuation.org/the-five-principles-of-effectuation
- effectuation.org「What makes entrepreneurs entrepreneurial?」(Sarasvathy) https://22657557.fs1.hubspotusercontent-na1.net/hubfs/22657557/Public%20Documents%20For%20Site/what-makes-entrepreneurs-entrepreneurial-sarasvathy.pdf
出版社・大学
- ダイヤモンド社「エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」 | 書籍 | ダイヤモンド社」 https://www.diamond.co.jp/book/9784478110744.html
- 碩学舎「エフェクチュエーション | 碩学舎」 https://www.sekigakusha.com/publications/detail/series_12
- 中央経済社「碩学叢書エフェクチュエーション〈第2版〉―市場創造の実効理論」 https://www.biz-book.jp/isbn/978-4-502-58831-0
- 神戸大学大学院経営学研究科「吉田 満梨 | 神戸大学大学院経営学研究科」 https://b.kobe-u.ac.jp/faculty/yoshida/
引用の日本語訳は、私たちによるものです。