インナーブランディングとアウターブランディングはどちらが先?

「インナーブランディングとアウターブランディングは、どちらが先ですか」。ご相談をいただく経営者の方にこう聞かれたら、私たちは「両方です」と答えています。順番で言うと、先に来るのは戦略です。社内と市場の両方を同時に見て戦略を決め、そのあとでインナーの施策とアウターの施策を同時に動かします。社内の取り組みが全部終わるまで、採用サイトや広告を待たせる必要はありません。

外だけを見て決めると、業界でよく言われる「こういうブランドはこうあるべき」に引っ張られて、その会社らしさが消えていきます。中だけを見て決めると、今度は市場の感覚がなくなってしまう。

私たち自身、先方の指示で市場だけを見た戦略をつくり、うまくいかなかったことがあります。その話もこのあと書きます。採用サイトや会社案内の締め切りが迫っている場合の考え方は、後半の「施策から始めたくなったときの判断」にまとめました。

どちらが先か——社内と市場を同時に見て、先に戦略を決める

ご相談で聞かれたときの答えを、話した言葉に近い形で書くと、こうなります。

「内部的なものばかりを見すぎても、マーケット感がなくなる。マーケットを見すぎても、その会社の独自性みたいなものは、どんどんなくなっていく。両方をバランスよく見ていった結果の、一番レバレッジが効くポイントを見ていくのが大事です」

社内と市場を並べて見ながら、その会社にとっていちばん効くところを探す。片方を先に済ませてからもう片方に移る、という進め方はしていません。誰に向けて、何を約束し、同業他社とどこで違いを出すのか。それを決めたものを、この記事では戦略と呼んでいます。いちばん効くところとは、社員が無理なくできて、お客様が求めていて、同業他社がまだ言っていないことです。

Hatch と Schultz は2001年の HBR(Harvard Business Review)の論文で、強い企業ブランドをつくるには、ビジョン・文化・イメージの3つをそろえる必要があると書いています。ビジョンを主に動かすのは経営陣、文化は従業員、イメージは社外の人たちです。この記事でいう戦略は、ビジョンに近いものです。社内を見るのは文化を、市場を見るのはイメージを確かめるため。そう考えると、両方を見る理由がわかりやすいと思います。

外だけを見ると、業界の「こうあるべき」に引っ張られる

市場だけを見て戦略を考えると、業界で当たり前とされている考え方に、どうしても引っ張られます。競合が打ち出していることや、業界でうまくいった例を集めて組み立てると、出てくる答えはほかの会社とよく似たものになりがちです。

もうひとつの問題は、社内の実態と合わなくなることです。外で見つけた「あるべき姿」を、今いる社員ができるとは限りません。そのふるまいができる人がいない。その価値を届けるための教育を、誰も受けていない。そうなると、Webサイトや広告で言っていることと、お客様が実際に受け取るものがずれていきます。あとで書くある会社の例は、この形でした。

中だけを見ると、市場の感覚がなくなる

反対に、社内の声だけで決めると、市場の感覚がなくなります。社員が誇りに思っていることが、お客様にとっては選ぶ理由になっていないことがあります。社内で強みだと思っていた言葉が、競合のWebサイトにもそのまま載っていることもあるでしょう。

社内の合意を大事にしすぎると、全員が賛成できる言葉だけが残ります。そういう言葉は丸くて、どこの会社に置いても通用してしまう。社内では反対が出なくても、市場では埋もれます。先ほどの3つで言えば、イメージ、つまり社外の人からどう見えているかが抜け落ちる形です。

「インナーが先」とよく言われる理由

2026年10月に「インナーブランディング アウターブランディング どちらが先」などで検索して、解説記事を17本読みました。そのうち9本が「インナーが先」と答えていて、残りは「条件による」「同時に進める」「順番には触れていない」のどれかでした。「インナーが先」の理由はほぼ共通していて、外で約束したことを実際に果たすのは社員だから、というものです。

「インナーブランディングがあってのアウターブランディング」という言い方も見かけます。外で約束したことを果たすのは社員だ、という意味なら、私たちも同じ考えです。広告で「親身な対応」をうたっても、電話に出た社員がその約束を知らなければ、お客様が受け取るのはいつもどおりの対応です。2002年の HBR に載った Colin Mitchell の論文も、社内向けと社外向けの発信をつなげるよう求めていて、社員は市場に送っているのと同じメッセージを聞くべきだ、と書いています。

ただ、だからといって中だけで決めてよいことにはなりません。社員が果たせる約束でも、お客様が選ぶ理由になっていなければ、外に出したときに埋もれます。何を約束するかを決める段階では、社内と市場の両方を見る必要があります。社員がその約束を果たせるようにする準備は、戦略が決まったあと、外向けの施策と同時に進めます。

順番で考えるなら「戦略が先、施策が後」

順番で答えるなら、私たちは「戦略が先、施策が後」と答えます。社内ワークショップも社内報も、採用サイトも広告もロゴも、どれも施策です。インナーとアウターの違いは、その施策を社内と社外のどちらに向けるか、というところにあります。

戦略を決めるために社員の話を聞くことは、ここでいう施策には含めていません。話を聞くのは、戦略をつくる材料を集めるためです。

戦略が決まる前に施策を始めると、社内向けでも社外向けでも、向かう先が決まらないままお金と手間を使うことになります。戦略が決まったら、社内の施策と外向けの施策は同時に動かします。どちらも同じ戦略から出てくるものなので、片方が終わるのを待つ必要はありません。

インナーブランディングとアウターブランディングの違い

言葉の違いも短く整理しておきます。インナーブランディングは社内に向けたブランドづくりで、アウターブランディングは社外に向けたブランドづくりです。インナーブランディングの反対語、つまり対になる言葉は、アウターブランディングです。

項目 インナーブランディング アウターブランディング
誰に向けるか 社員・経営陣 お客様・見込み客・取引先・株主・地域の人たち
目的 社員が、自社らしい判断と行動をとれるようにする 社外の人に、その会社を選ぶ理由を持ってもらう
主な手法 社内ワークショップ、社内報、表彰制度、1on1、日々の改善活動 Webサイト、広告、PR、SNS、採用サイト、会社案内、ロゴ
成果が見えるまで 時間がかかる。日々の判断や行動の変化として少しずつ表れる 施策ごとの反応が、数字で見えやすい

2つは、向ける相手も成果の見え方も違います。それでも、2つの手前にある戦略は1つです。社内向けの言葉と社外向けの言葉は、同じ戦略から出てきます。インナーブランディング全体の進め方は、インナーブランディング完全ガイドにまとめています。

英語圏の研究では、社内向けのブランドづくりを internal branding と呼ぶのが一般的です。採用の文脈では employer branding という言い方がよく使われます。私たちが英語の論文を調べた範囲では、inner/outer という言い方はほとんど見かけませんでした。英語の資料を探すときは、internal branding で調べると見つかりやすいと思います。

社内の実態と合わない路線が止まった例

ここからは、私たちが支援したある会社の話です。うまくいかなかった例として書きます。業種や、中止に至った細かい経緯は、先方との関係で書けません。書ける範囲で流れを書きます。

社内に合う路線へ寄せたあと、最初の路線に戻された

最初の戦略は、先方の指示を受けて、私たちが市場だけを見てつくりました。その業界のブランドとして一般的な、「こういうブランドはこうあるべき」という路線です。

この路線は、社内の実態と全く合いませんでした。その路線が求めるふるまいができる従業員はいませんでしたし、そういう価値を届けるための教育も受けていなかったからです。

そこで、市場と社内の両方を見て、従業員のキャラクターも加味しながら、大人の遊び心を打ち出す路線へ少しずつ寄せていきました。この路線は、従業員にとって無理のないものでした。一度は社長も了承した路線です。

ところが、その後、社長がこれを最初の路線に戻させます。私たちの目には、「こういうブランドはこうあるべきだ」という思い込みがあったように見えました。

路線は戻っても、社内の事情は同じです。実態と路線が合わないまま進み、戻してから半年もかからずに、ブランディングそのものが中止になりました。私たちは、路線と社内の実態が合わないまま進んだことが、中止のいちばん大きな理由だったと見ています。

社員の実態や能力、そこで働く人の感情にそぐわない戦略は、うまくいきません。外だけを見ても、答えはない。この件から、私たちが学んだことです。

なぜ最初の路線に戻ったのか(私たちの見方)

私たちは、ブランドは信頼を積み重ねた結果として生まれる差別化だと考えています。信頼は、言っていることと実際にしていることが合っていて、はじめて積み上がります。差別化を考えなければいけないのに、考えが「こうあるべきだ」という世の中の一般的なところへ引っ張られていく。業界の中で異質に見えるものが、たぶん気持ち悪く感じられるのだと思います。

でも、その異質さがいいのではないかと私たちは考えています。それがちゃんと実態と伴っていれば、の話です。この会社の大人の遊び心の路線は、業界の「こうあるべき」からは外れていましたが、従業員にとっては無理のないものでした。

決める場面で「こうあるべき」に戻ろうとする力が働き、ブランドの尖った部分が削られていく。この流れについては、以前に心が動かないブランドを作り続けていた頃の話でも書きました。

海外でよく知られた例——ブリティッシュ・エアウェイズの尾翼

外に打ち出した路線が社内の実態と合わず、途中で取りやめになった例は、海外にもあります。よく知られているのが、イギリスの航空会社ブリティッシュ・エアウェイズ(British Airways、BA)の例です。

1997年、同社は「グローバル」を打ち出し、機体の尾翼を、世界各地のアーティストが描いた絵柄に塗り替え始めました。一方で、機内のサービスは英国的な文化のままでした。社員の側では同じ時期にコスト削減が続いていて、尾翼を中心にしたデザインの刷新に6,000万ポンドを使うことを、裏切りだと受け取ります。1999年、同社は方針を改め、2001年までに機体の多くの尾翼を英国旗の色に戻すと発表しました。

この例を分析したのは、先ほどの HBR の論文と同じ Hatch と Schultz らが2001年にまとめた別の論文(ワーキングペーパー)です。論文は、ずれが2つあったと書いています。ひとつは「BAの文化が、そのビジョンを支えていなかった」こと。もうひとつは、BAの収益を支えていたビジネスクラスの英国の乗客が持っていたイメージと、新しいビジョンが合っていなかったことです。保守的な人が多いこの乗客たちは、新しい路線に強く反発しました。

そのうえで、論文はこう助言しています。

「企業ブランディングは、戦略ビジョンをつくって伝える前に、文化とイメージの両方を正直に評価するところから始めよ」

文化は社内で働く人たちの考え方やふるまい、イメージは社外の人たちからの見え方のことです。私たちが「両方」と答えているのと、同じ方向の助言だと思います。

両方を見て戦略を決める進め方

では、両方を見るとは、具体的に何をするのか。私たちは、社内の話を聞くことと市場を見ることを並行して進め、重なるところを探します。

社内の声と市場の声が重なるところ

図は、社内で聞いた声と、市場で見たものを重ねたものです。重なった部分が、戦略の候補になる「いちばん効くところ」にあたります。

社内の話を聞く

社内では、仕事で大事にしていること、仕事の中でしている工夫、嬉しかったこと、辛かったことを聞きます。答えの中に出てくる具体的な場面が、その会社らしさの材料です。

あわせて見ているのが、従業員のキャラクターです。どんな人たちが働いていて、どんなふるまいなら無理なくできるのか。先ほどの会社で大人の遊び心の路線に寄せられたのも、従業員のキャラクターを加味したからでした。

ワークショップの形で話を聞くこともあります。その場合も、目的は戦略の材料を集めることです。聞き方や場の設計は、インナーブランディング ワークショップの設計と進め方に書いています。

市場を見る

市場では、お客様がその業界や会社に何を求めているか、自社が社外からどう見られているか、同業他社が何を打ち出しているかを見ます。業界の当たり前が見えてくるのも、ここです。業界の当たり前は、知っておくために見るもので、合わせる必要はありません。お客様が求めていることは、戦略に取り込む材料になります。

手軽なやり方は、同業他社のWebサイトや採用ページを並べて、どの会社も使っている言葉に印をつけることです。社内で強みだと思っていた言葉に印がついたら、その言葉だけでは差がつきません。

重なるところを探し、最後に市場の数字で確かめる

社内で聞いた話と市場で見たものを並べて、重なるところを探します。最初に書いたとおり、社員が無理なくできて、お客様が求めていて、同業他社がまだ言っていないこと。それが、いちばん効くところの候補です。

候補を出すときは、社内で聞いた話や社内アンケートの結果と、市場で見たものを使います。確かめるときに使うのは、社外の数字です。お客様へのアンケートや市場調査で、その候補が本当に選ぶ理由になっているかを見ます。社内の思い入れだけで決めてしまわないための、最後の確認です。

決めた戦略を、社内の改善活動と外向けの施策の両方に使う

戦略が決まったら、同じ戦略を、社内でも社外でも同時に使い始めます。

社内では、戦略の中心にある考え方を理念やブランドの言葉にして、日々の改善のきっかけにします。ルールは1つだけで、「理念をもとに改善を考える」です。

私たちは「理念浸透」という言い方を避けています。説明会で通達したり、朝礼で唱和したりする。そうやって外から圧をかけて染み込ませるやり方を、私たちは「浸透圧」と呼んでいます。現場の人が理念をもとに改善を考えていくうちに、理念の言おうとしていることが行き渡っていく。そういう進め方をとっています。世の中で「理念浸透」と呼ばれているテーマの進め方や施策の選び方は、理念浸透の方法と施策一覧にまとめました。

社外で同じ戦略を使う先は、Webサイトや採用ページ、会社案内、広告です。外向けの制作が、そのまま社内の取り組みになることもあります。たとえば採用メディアの取材で社員に話を聞くと、話した本人が、自社の良い面を知り直すことがあります。

施策から始めたくなったときの判断

採用サイトや会社案内の締め切りが迫っていて、戦略を決めるまで待てない。そういう状況でこの記事を読んでいる方もいると思います。

戦略のない施策に「害の小さいもの」はない

そうなると、外向けの施策の中に、戦略がなくても先に進めて大丈夫なものはないか、と考えたくなります。私たちの答えは、こうです。

「戦略のない戦術は、全然意味がありません。戦略がない戦術は、みんな害です。小さいも大きいもない。分かってやるのなら、いいんですけど」

最後のひとことは、戦略がないと分かったうえでやるなら、それはかまわない、という意味です。

ロゴから始めたいと言われたら

最初に「ロゴから変えたい」と言われたら、私たちは基本的に反対します。ロゴも施策のひとつなので、戦略が決まってから作り直すほうが、デザインを選ぶときの基準がはっきりします。

社員の意識を変えたいという理由でロゴから始めたい場合も同じです。意識が変わるのは、行動が変わったあとだと考えているからです。ロゴを新しくしただけでは、社員の意識はなかなか変わりません。ロゴやデザインが社内にどう効くのかは、インナーブランディングとデザインの関係 — CI/VIが社内に与える影響に書きました。

戦略があるかを確かめる問い

施策に手をつける前に、戦略があるかどうかを確かめておくと、判断がしやすくなります。たとえば、次のような問いで確かめられます。

今の社員ができない約束なら、先ほどの会社と同じように、実態と合わない路線になっているおそれがあります。お客様が選ぶ理由になっていなければ、社内の思い入れだけで決めているのかもしれません。同業他社がそのまま言える約束なら、業界の「こうあるべき」に引っ張られている可能性があります。

よくある質問

ホームページはアウターブランディングに入りますか

入ります。会社のホームページは社外の人に向けて会社を伝えるものなので、アウターブランディングの施策のひとつです。載せる言葉を社員と一緒に決めれば、作る過程が社内の取り組みにもなります。

インナーブランディングだけ先にやるのはだめですか

気をつけたいのは、戦略を決める段階まで社内だけで進めてしまうことです。社内の声だけで決めた戦略は、外に出したときに埋もれやすい。決める段階では、市場も一緒に見てください。戦略が決まったあとは、社内の施策と外向けの施策を同時に動かします。

社内で反対されたらどうしますか

まず、反対の中身を聞きます。「今の自分たちにはできない」という反対なら、戦略が社内の現状と合っていないサインかもしれません。その場合は戦略の側を見直します。「業界らしくない」という反対なら、それだけで引き下げる理由にはならないと私たちは考えています。判断の基準は、実態と合っているか、お客様が選ぶ理由になっているかです。

まず何から始めるか

最初にやることは、部署や年次の違う社員を数人選んで、一人ずつ話を聞くことです。「仕事で大事にしていることは何ですか」「最近、仕事で嬉しかったことは何ですか」のように、具体的な場面が出てくる聞き方をします。同じ部屋でまとめて聞くと、先に話した人の答えに引っ張られることがあるからです。

聞いた話を、採用サイトや広告で言おうとしている言葉と、同業他社のWebサイトに並んでいる言葉の両方と並べてください。社員の話と重なっていて、同業他社がまだ使っていない言葉があれば、それが戦略の手がかりになります。

参照した一次情報

引用の日本語訳は、私たちによるものです。