【前編】心が動かないブランドを作り続けていた――大手企業のブランディング現場で感じた違和感
あなたは、自分が作ったブランド戦略に、心から誇りを持てますか?
私はブランディングの仕事をしています。比較的大きめの企業様を中心に、ブランド戦略の立案から実行支援まで、いわゆる「オーソドックスなブランディング」をやってきました。
市場調査をして、競合を分析して、自社の強みを洗い出して。STPを決めて、ブランドコンセプトを作って、マーケティングコンセプトを作って、コミュニケーションコンセプトを作って。そして最後にブランドガイドラインを策定して、戦術に落とし込んでいく。
教科書通り、王道の進め方です。クライアントからもそれなりに感謝されます。プロジェクトは「成功」として終わります。
でも、ずっと違和感がありました。
「このつまらないものを、世の中に出していいのか?」
言葉は悪いですがそう思ってしまう自分がいたんです。
「想像できる範囲」を超えないブランド戦略
組織規模が大きい企業のブランディングプロジェクトは、基本的に「論理性」と「計画性」を重視します。いわゆるコーゼーション(因果論)的なアプローチです。
具体的には、こんな流れで進めていきます。
ステップ1:市場調査とマーケット分析
まず、定量調査と定性調査を行います。市場規模、成長率、顧客セグメント、購買行動。競合他社のポジショニング、価格帯、プロモーション戦略。自社の認知度、ブランドイメージ、強みと弱み。
データを集めて、分析して、インサイトを導き出します。
ステップ2:STPの決定
セグメンテーション(市場を分ける)、ターゲティング(誰を狙うか)、ポジショニング(どう差別化するか)。この3つを決めます。
競合との比較表を作って、「この空白地帯を狙いましょう」と提案します。
ステップ3:各種コンセプトの策定
- ブランドコンセプト:この企業の独自の価値は何か
- マーケティングコンセプト:それをマーケットにどう訴求するか
- コミュニケーションコンセプト:それをどう表現して届けるか
この3層構造で、ブランドの骨格を作ります。
ステップ4:ブランドガイドラインの作成
ロゴ、カラー、フォント、トーン&マナー。細かくルールを決めて、誰が見ても一貫したブランド表現ができるようにします。
ステップ5:戦術への落とし込み
広告、ウェブサイト、SNS、イベント。具体的な施策に展開していきます。
この流れ、おそらく教科書に載っている通りです。理論的にも「正しい」やり方です。
でも、出来上がったものを見て、私はいつも思うんです。
「想像できる範囲を、超えていない」
論理的で、整合性があって、誰も反対できない。でも、誰もワクワクしない。誰の心も動かさない。もちろん私の能力の問題もあります。でもそう考えてしまうんです。
そんなブランド戦略が、次々と生まれていきました。
承認プロセスで削られていく「尖り」
なぜ、つまらないものになってしまうのか。
私は、定性調査をすごく大事にしてきました。アンケートの数字だけじゃなくて、お客様が「本能的に何を感じているのか」「どんな感情を抱いているのか」。その喜び、悲しみ、面白さ、つまらなさ。そういう生々しい声を、できるだけ拾い上げてきたつもりです。
そして、その声を反映した「尖ったコンセプト」を提案することもありました。
でも、そこから先が問題でした。
担当者から上司へ:事前の自主規制
まず、クライアント企業の担当者から直属の上司に上げる段階で、こう言われます。
「こういう表現をすると、うちの上司が気にするかもしれないから、もっと丸い言い方にしておこう」
上司に見せる前に、すでに「尖り」が削られます。
決裁者への説明:多様性という名の制約
そして、役員クラスへの説明の段階で、さらに削られます。
「うちの会社は多様性を重んじているから、『こうあるべきだ』みたいな断定的な表現はダメだよ」
「このメッセージ、いいんだけど、誰かが不快に思うかもしれない」
「誰かを肯定しすぎると、他の人を否定することになるから、もっとバランスを取ろう」
もちろん、多様性を尊重すること自体は大切です。でも、その結果として生まれるのは、「誰も傷つけないけど、誰も喜ばせない」ブランドなんです。
データはあっても、「そこまで言いたくない」
定性調査で裏付けもあります。お客様の生の声もあります。でも、最終的にはこう言われます。
「データはわかるけど、そこまで言い切るのはちょっと...」
こうして、複数の決裁者を通るたびに、どんどん最大公約数的なものになっていきます。
誰も傷つかない。誰も反対しない。当たり障りがない。論理的には正しい。
でも、それを見た人は、何を感じるんでしょうか?
私は、何も感じないんじゃないかと思うんです。
「このつまらないものを、世の中に出していいのか」
承認プロセスを経て、プロジェクトは「完成」します。
クライアントは満足します。「論理的でわかりやすい」「誰も反対しない」「これなら社内を通せる」。
でも、私の中には、いつもモヤモヤが残りました。
このつまらないものを、世の中に出していいのか?
ブランディングって、本来は人の心を動かすものじゃないのか?
お客様の記憶に残り、感情を揺さぶり、行動を変えるものじゃないのか?
「誰も傷つけないけど、誰も喜ばない」ブランドに、一体どんな意味があるんだろう?
そんな疑問を抱えながら、私はずっと仕事をしていました。
違和感の正体を探して
この違和感は、何なのか。
私のやり方が間違っているのか。それとも、この業界の「当たり前」が、本当は間違っているのか。
論理的で、計画的で、リスクを最小化する。そういうコーゼーション的なアプローチは、確かに「効率的」だし「説明しやすい」。
でも、それだけで本当にいいのか?
もっと、感覚的な部分、偶発的な部分、今ある資源から生まれる創造性。そういうものが、ブランディングには必要なんじゃないのか?
その答えを探して、私は調査を始めました。
そして、出会ったのが「エフェクチエーション(実効理論)」という考え方でした。
【次回予告】
中編では、私が出会った「コーゼーション」と「エフェクチエーション」という二つの思考法について、詳しく解説します。
そして、なぜこの理論が、私の現場での違和感を見事に説明してくれたのか。その「腑に落ちた瞬間」をお伝えします。
ブランディングに必要なのは、論理だけじゃない。もっと有機的で、もっと人間的なアプローチがあるはずです。
(前編・終)