【後編】エフェクチュアル・ブランディング――「有機的な視点」が人の心を動かす
8つの戦術をブランディングに応用する
前編では、大手企業のブランディング現場で感じた違和感を。中編では、コーゼーションとエフェクチエーションという二つの思考法をお話ししました。
そして、ベレンズらの研究が明らかにした「中小企業がエフェクチエーションを実践する8つの戦術」。
この8つの戦術は、ブランディングにも応用できるんじゃないか。
私はそう考えました。
今回は、その8つの戦術を一つずつ見ていきながら、「エフェクチュアル・ブランディング」という新しいアプローチを提案します。
戦術1:既存リソースの創造的活用
製品開発では: 新しく何かを買うのではなく、今あるものを組み合わせてイノベーションを起こす。
ブランディングでは: 競合との空白地帯を探すのではなく、「自分たちが今持っているもの」からブランドを作る。
これは特に、中小企業にとって重要です。
大手企業のように潤沢な予算があれば、市場調査をして、理想的なポジショニングを見つけて、そこに向けて投資していくことができます。
でも、予算が限られている中小企業は、そんなことはできません。
だからこそ、「今あるもので、どう工夫するか」を考える。
- 創業者のユニークなバックグラウンド
- 社員が持っている隠れたスキル
- 長年培ってきた顧客との関係性
- 地域とのつながり
こういう「すでに持っているもの」を組み合わせることで、他社が真似できない独自のブランドが生まれます。
行動が変わると、意識も変わります。
まずは今あるもので前に進む。そこから新しい可能性が見えてくるんです。
戦術2:リソースに基づくスコーピング
製品開発では: 理想的なニーズから逆算するのではなく、「自社のリソースで実現可能な範囲」にゴールを設定する。
ブランディングでは: 理想のブランドイメージを追いかけすぎない。「今の自分たちで実現できる範囲」から始める。
中小企業が大手企業の真似をして、完璧なブランドガイドラインを作ろうとすると、どうなるか。
リソースが足りず、中途半端なものになるか、あるいは理想を追いすぎて行動できなくなるか。
理想を追いすぎると、逆に行動できなくなるんです。
だから、「今できること」からゴールを決める。
ロゴがまだ仮のものでも、ウェブサイトが完璧じゃなくても、まずは発信を始める。SNSで対話を始める。イベントを開催する。
完璧を目指すより、まず動く。
行動が変わることで、意識も変わっていきます。
戦術3:外部リソースの機会主義的利用
製品開発では: 計画的なサプライヤー選定ではなく、偶然出会った他社や技術を柔軟に取り入れる。
ブランディングでは: 計画通りに進めるのではなく、偶発的な出会いや機会を柔軟に活用する。
未来予測って、誰にもできません。
「この人とのコラボが話題になる」「このイベントがバズる」「このインフルエンサーが紹介してくれる」。
そんなこと、事前にはわからないんです。
だからこそ、計画外の出会いを大切にする。
たまたま出会った協力者、偶然つながったメディア、予期せず反応してくれた顧客。
そういう「クレイジーキルト(パッチワークの掛け布団)」のような、計画外の縁を織り込んでいく。
それが、予測不可能な時代のブランディングです。
戦術4:既存事業の優先
製品開発では: イノベーション活動は、既存事業の合間に行う。本業を危険に晒さない。
ブランディングでは: 本業を危険に晒してまで、ブランディングに賭けない。
これは、特に重要です。
ブランディングは、中長期的な活動です。すぐに売上が上がるわけではありません。
だからこそ、本業をしっかり守りながら、「許容可能な損失」の範囲で進める。
全予算をブランディングに投じるのではなく、失っても経営を揺るがさない範囲で実験する。
小さく試して、効果が見えたら徐々に投資を増やす。
これが、持続可能なブランディングです。
戦術5:緩やかなプロジェクト計画
製品開発では: 詳細なガントチャートを作らず、大まかな方向性だけでプロジェクトを進める。
ブランディングでは: 硬直的な計画を持たず、変更しやすくしておく。
ここで重要なのは、「何を変えて、何を変えないか」です。
私の考えでは、ブランドコンセプト(企業の独自の価値)は、変えない。
これは、その企業が「誰なのか」「何のために存在するのか」という核心です。ここはブレてはいけません。
でも、マーケティング戦略やコミュニケーション表現は、市場の反応を見て変えていい。
「高機能」を売りにしていたけど、顧客が「使いやすさ」に価値を見出しているなら、訴求ポイントを変える。
「シリアスなトーン」で発信していたけど、「親しみやすさ」が求められているなら、表現を変える。
ブランドの核は守りながら、表現は柔軟に。
それが、有機的なブランディングです。
戦術6:具体的成果への段階的進行
製品開発では: 遠大な最終ゴールより、直近の「具体的な一歩」に集中する。
ブランディングでは: 壮大なブランドビジョンより、「今日できる一歩」に集中する。
ブランディングって、ゴールが見えにくい活動です。
「ブランド価値を高める」「認知度を上げる」。そう言われても、具体的に何をすればいいのかわからない。
だからこそ、小さな一歩に集中する。
- 今週、ブログを1本書く
- 今月、既存顧客10人にインタビューする
- 来月、小さなイベントを開催する
こういう具体的な行動を積み重ねることで、徐々にブランドが形になっていきます。
行動が変わることで、意識も変わる。
小さな成功体験の積み重ねが、ブランドを育てるんです。
戦術7:目標とアイデアの反復的修正
製品開発では: フィードバックに基づいて、製品コンセプトやターゲット市場そのものを変更(ピボット)する。
ブランディングでは: 市場の反応を見て、ゴール自体を柔軟に修正する。
これも、戦術5と同じく「何を変えて、何を変えないか」の話です。
ブランドの核(独自の価値)は変えない。でも、それをどう届けるか、誰に届けるかは、変えていい。
最初は「30代のビジネスパーソン」をターゲットにしていたけど、実際に反応しているのは「40代の経営者」だった。
だったら、ターゲットを修正すればいい。
最初は「革新性」を訴求していたけど、顧客が求めているのは「安心感」だった。
だったら、メッセージを修正すればいい。
未来は予測できません。だからこそ、市場との対話の中で、柔軟に修正していく。
それが、エフェクチュアル・ブランディングです。
戦術8:市場調査なき顧客知識の活用
製品開発では: 形式的な市場調査ではなく、特定の顧客との対話や試作品への反応(プロービング)でニーズを把握する。
ブランディングでは: 統計的な「平均的な顧客」ではなく、**顔の見える「具体的な顧客」**との対話を重視する。
私は製造業出身で、「三現主義(現地・現物・現実)」という考え方を大事にしてきました。
現場に行って、実物を見て、現実を知る。
ブランディングも同じです。
アンケート調査の数字だけを見るのではなく、お客様と直接会って話す。
「この製品のどこが好きですか?」
「何が不満ですか?」
「どんな感情を抱きましたか?」
そういう生々しい声を拾い上げる。
統計では見えない、一人ひとりの喜び、悲しみ、面白さ、つまらなさ。
そこにこそ、心を動かすブランドのヒントがあるんです。
中小企業と大手企業での使い分け
ここまで、エフェクチエーションの8つの戦術をブランディングに応用する方法を見てきました。
では、中小企業と大手企業で、どう使い分けるべきなのか。
中小企業:エフェクチエーションが生存戦略
中小企業にとって、エフェクチエーションは単なる選択肢ではなく、生存のための戦略です。
予算がない。人材が限られている。だからこそ、今あるもので工夫するしかない。
でも、それは弱みではありません。
大企業のように「最大公約数的なブランド」を作る必要がない。尖ったメッセージを出せる。特定の顧客に深く刺さるブランドを作れる。
それが、中小企業の強みです。
そして、ある程度方向性が見えてきたら、徐々にコーゼーションを取り入れる。
ブランドガイドラインを作って、一貫性を保つ。効果の実証されたチャネルに投資を集中する。
エフェクチエーションからコーゼーションへ。
この流れが、中小企業のブランディングには必要です。
大手企業:論理だけでは人の心は動かない
一方、大手企業は、基本的にコーゼーションが支配的です。
既存ブランドの管理、効率的な投資配分、説明責任の遂行。これらは、コーゼーションが得意とする領域です。
でも、新規ブランドの立ち上げや、既存ブランドのリブランディングにおいては、エフェクチエーションが必要です。
論理的に正しいだけでは、人の心は動きません。
顧客との対話、偶発的な機会の活用、小さな実験の積み重ね。
こういうエフェクチエーション的な要素を取り入れることで、「誰の心も動かさない」ブランドから脱却できるんです。
でも、大手企業の組織構造は、エフェクチエーションを排除する方向に働きがちです。
複数の決裁者を通る承認プロセス。リスクを回避する企業文化。「多様性」という名の下に、尖った要素が削られていく。
だからこそ、意識的にエフェクチエーション的な要素を守る必要があります。
- 少数の意思決定者で進められるプロジェクトチームを作る
- 失敗を許容する文化を醸成する
- 定性的なフィードバックを重視する評価制度を導入する
こういう仕組みを作ることで、大手企業でも「心を動かすブランド」を作ることができるはずです。
画一的に物事を見ない――これからのブランディングに必要な視点
ここまでの話をまとめましょう。
今の世の中は、コーゼーションが正で、それ以外は違うという、白黒思考に陥りがちです。
「論理的であるべき」「データで裏付けるべき」「計画通りに進めるべき」。
もちろん、それらは大切です。
でも、それだけでは不十分なんです。
ブランディングは、決まった答えがあるものじゃない。
もっと有機的で、もっと人間的な、生き物のようなプロセスです。
初期段階では、手持ちのリソースから出発し、偶発的な出会いを活用し、小さく試して、反応を見ながら修正していく。
そして、方向性が見えてきたら、計画を立てて、効率的に拡大していく。
コーゼーションとエフェクチエーション、両方が必要なんです。
どちらか一方が正しいわけじゃない。
状況に応じて、柔軟に使い分ける。
画一的に物事を見ない。
それが、これからのブランディングに必要な視点だと、私は思います。
最後に:あなたのブランドは、誰の心を動かしますか?
私は、長年「つまらないブランド」を作り続けてきました。
論理的で、計画的で、誰も反対できない。でも、誰の心も動かさない。
そんなブランドを、世の中に出し続けてきました。
でも、もうそれは終わりにしたい。
論理と感覚。計画と偶然。予測とコントロール。
この二つのバランスを取りながら、本当に人の心を動かすブランドを作っていきたい。
あなたは、自分が作ったブランド戦略に、心から誇りを持てますか?
そのブランドは、誰かの心を動かしていますか?
もし答えが「No」なら、ぜひ一度、エフェクチエーションという考え方を取り入れてみてください。
今あるものから始める。小さく試す。顧客と対話する。柔軟に修正する。
そして、行動を変えることで、意識も変わっていく。
ブランディングは、もっと自由で、もっと面白いものになるはずです。
画一的に物事を見ないこと。
それが、これからの時代に必要なブランディングの姿勢だと、私は信じています。
(後編・終)
【3部作完結】
この3部作を通じて、コーゼーションとエフェクチエーションという二つの思考法と、それをブランディングに応用する方法をお伝えしてきました。今後も違った視点からお届けしたいと思います。
あなたのブランディング活動に、少しでもヒントになれば嬉しいです。