【中編】コーゼーションとエフェクチエーション――ブランディングに必要な「もう一つの思考法」
違和感の正体を探して
前編では、大手企業のブランディング現場で感じた違和感についてお話ししました。
論理的で、計画的で、誰も反対できない。でも、誰の心も動かさない「つまらないブランド」が量産されていく現実。
この違和感は、一体何なのか。
その答えを探して、私は調査を始めました。そして出会ったのが、「コーゼーション(因果論)」と「エフェクチエーション(実効理論)」という二つの思考法でした。
この二つの考え方を知ったとき、私の中で「これだ!」という感覚がありました。長年抱えていたモヤモヤが、言語化された瞬間でした。
今回は、この二つの思考法について、詳しく解説していきます。
コーゼーション(因果論):予測に基づく最適化の論理
まず、コーゼーション(Causation)から説明します。
これは、私たちがビジネススクールや経営書で学ぶ「標準的なアプローチ」です。論理的な、いわゆる「正しい経営」の考え方と言ってもいいでしょう。
コーゼーションの基本的な流れ
コーゼーションは、こんな思考プロセスで進みます。
1. 明確な目標を設定する
「3年後に市場シェア30%を獲得する」「新製品で売上10億円を達成する」など、具体的で測定可能な目標を最初に決めます。
2. 環境を分析し、未来を予測する
市場調査、競合分析、SWOT分析。データを集めて分析し、「未来はこうなるだろう」と予測します。
3. 最適な手段を選択する
予測に基づいて、目標達成のために最も効率的で、期待収益率(ROI)が高い手段を選びます。
4. 計画を策定し、実行する
詳細な実行計画(プラン)を作成し、その通りに進めます。
5. 競争優位を追求する
競合他社よりも優れたポジショニングを確立することを重視します。
このアプローチの前提は、「未来は予測可能である」ということです。
過去のデータがあり、市場が安定していて、ある程度予測ができる状況では、コーゼーションは非常に強力です。効率的で、説明しやすく、投資家やステークホルダーへの説明責任(アカウンタビリティ)も果たせます。
大企業が既存事業を運営する際に、このアプローチを重視するのは、そのためです。
コーゼーションの限界
でも、このアプローチには限界があります。
それは、「未来が予測できない」状況では、機能しなくなるということです。
新しい市場を創造するとき。過去にデータがないとき。消費者のニーズが流動的なとき。技術革新が激しいとき。
こういう「不確実性が高い」状況では、どれだけ分析しても、未来を正確に予測することはできません。
そして、ブランディングも同じです。
「このメッセージなら必ず響く」「このビジュアルなら必ず売れる」。そんな保証はどこにもありません。
でも、大企業のブランディングプロセスは、まるで未来が予測できるかのように、計画を立て、承認を取り、実行していきます。
その結果、生まれるのは「誰も反対できないけど、誰も喜ばない」ブランドなんです。
エフェクチエーション(実効理論):コントロールに基づく創造の論理
一方、エフェクチエーション(Effectuation)は、まったく異なるアプローチです。
これは、サラス・サラスバシーという研究者が、「成功した起業家たちの思考プロセス」を分析して体系化した理論です。
彼女が発見したのは、成功した起業家たちは、私たちがビジネススクールで学ぶような「コーゼーション」とは、真逆のやり方で意思決定をしているということでした。
エフェクチエーションの基本的な流れ
エフェクチエーションは、こんな思考プロセスで進みます。
1. 手持ちの手段からスタートする(Bird in Hand)
目標から逆算するのではなく、「今、自分が持っているもの」から考えます。
- 私は誰か(Who I am)
- 私は何を知っているか(What I know)
- 私は誰を知っているか(Who I know)
この3つの「手段」が出発点です。
2. 許容可能な損失を考える(Affordable Loss)
「いくら儲かるか」ではなく、「失ってもいい額はいくらか」を基準に行動します。
期待リターンではなく、ダウンサイドリスク(最悪のケース)をコントロールすることを重視します。
3. パートナーシップを築く(Crazy Quilt)
競合を分析するよりも、コミットメントを示してくれるパートナー(顧客、サプライヤー、協力者)との提携を重視します。
計画外の出会いや、偶然の機会を柔軟に取り入れます。
4. レモネードを作る(Lemonade Principle)
予期せぬ出来事や失敗を、新しい機会に変えます。「レモンが手に入ったら、レモネードを作る」という発想です。
計画通りに進まないことを前提に、柔軟に対応します。
5. コントロール可能な未来を創る(Pilot in the Plane)
未来は予測するものではなく、自分の行動でコントロール(創造)するものだと考えます。
「予測できないなら、予測する必要がないように環境を作り変えればいい」という発想です。
このアプローチの前提は、「未来は予測不可能だが、コントロール可能である」ということです。
データがなくても、市場が不確実でも、行動を起こすことで道を切り開いていく。それがエフェクチエーションの本質です。
二つの思考法の対比
コーゼーションとエフェクチエーションを、表で比較してみましょう。
| 項目 | コーゼーション | エフェクチエーション |
|---|---|---|
| 出発点 | 目標から逆算 | 手持ちの手段から |
| 意思決定の基準 | 期待リターン(ROI) | 許容可能な損失 |
| 未来への姿勢 | 予測する | コントロールする |
| 他者との関係 | 競争相手として分析 | パートナーとして協力 |
| 計画外の出来事 | リスクとして回避 | 機会として活用 |
| 適している状況 | 市場が安定、データあり | 市場が不確実、データなし |
ベレンズらの研究:二つの思考法は共存する
ここで重要なのは、「どちらか一方が正しい」わけではないということです。
オランダの研究者ハンス・ベレンズらが行った研究が、そのことを実証しています。
彼らは、中小企業5社の製品開発プロセスを詳細に調査しました。そして、驚くべき発見をしました。
発見1:時間とともに論理が変わる
イノベーションプロセスの初期段階では、エフェクチエーションが支配的でした。
- 手持ちのリソースを組み合わせてアイデアを生み出す
- 偶然の出会いや機会を柔軟に取り入れる
- 目標は曖昧で流動的
しかし、プロジェクトが進むにつれて、徐々にコーゼーションにシフトしていきました。
- 仕様を確定し、生産計画を立てる
- マーケティング予算を配分する
- 目標が明確化され、効率性が重視される
つまり、「エフェクチエーションからコーゼーションへ」という時間的な推移が起きていたんです。
発見2:中小企業は8つの戦術を使っている
さらに、ベレンズらは、中小企業が具体的にどのようにエフェクチエーションを実践しているかを示す、「8つの戦術」を特定しました。
- 既存リソースの創造的活用
- リソースに基づくスコーピング
- 外部リソースの機会主義的利用
- 既存事業の優先
- 緩やかなプロジェクト計画
- 具体的成果への段階的進行
- 目標とアイデアの反復的修正
- 市場調査なき顧客知識の活用
(この8つの戦術については、後編で詳しく解説します)
なぜこの研究が重要なのか
この研究が示したのは、「二つの思考法は対立するものではなく、状況に応じて使い分けるべき補完的なツールである」ということです。
不確実性が高い初期段階では、エフェクチエーションが有効。
プロジェクトが具体化し、投資規模が大きくなるにつれて、リスク管理と効率化のためにコーゼーションが必要になる。
これは、製品開発だけでなく、ブランディングにも当てはまると、私は確信しました。
「これだ!」と腑に落ちた瞬間
この理論に出会ったとき、私の中で長年のモヤモヤが、一気に言語化されました。
「そうか、大手企業のブランディングは、最初からコーゼーションだけでやろうとするから、つまらなくなるんだ」
ブランドって、最初は不確実性の塊です。
「このメッセージは響くのか」「このビジュアルは印象に残るのか」「このストーリーは共感されるのか」。
誰にもわかりません。データもありません。
なのに、最初から「目標を決めて、競合を分析して、最適解を導き出す」というコーゼーション的なアプローチで進めようとする。
その結果、「論理的には正しいけど、誰の心も動かさない」ブランドが生まれるんです。
私が大事にしていたことは、エフェクチエーションだった
そして、もう一つ気づいたことがあります。
私が定性調査で大事にしていた「お客様の本能的な感情を拾い上げる」という姿勢。
これは、エフェクチエーションの「顔の見える顧客との対話」そのものだったんです。
統計的な「平均的な顧客」ではなく、具体的な一人のお客様と向き合う。その人の喜び、悲しみ、面白さ、つまらなさを感じ取る。
私は製造業出身で、「三現主義(現地・現物・現実)」という考え方を大事にしてきました。現場に行って、実物を見て、現実を知る。その姿勢が、エフェクチエーション的なアプローチとつながっていたんです。
でも、承認プロセスでそれが削られていく。
「データで裏付けられているけど、そこまで言いたくない」と言われて、丸められていく。
これは、組織の論理が、エフェクチエーション的な要素を排除している構図だったんです。
ブランディングには、両方が必要だ
この理論に出会って、私は確信しました。
ブランディングには、コーゼーションとエフェクチエーション、両方が必要だ。
初期段階では、手持ちの資源(企業の独自性、創業者のストーリー、顧客との対話)から出発する。偶発的な出会いを柔軟に取り入れる。小さく試して、反応を見ながら修正していく。
これが、エフェクチエーション的なブランディングです。
そして、ある程度方向性が見えてきたら、計画を立てて、効率的に拡大していく。ブランドガイドラインを作って、一貫性を保つ。
これが、コーゼーション的なブランディングです。
でも、今の大手企業のブランディングは、最初からコーゼーションだけでやろうとするから、つまらなくなる。
中小企業も、大企業の真似をして「論理的なブランド戦略」を作ろうとするから、中身のないものになる。
もっと有機的に、もっと柔軟に。
未来を予測するのではなく、今ある手段から創造していく。
そういうアプローチが、今のブランディングには必要なんじゃないか。
そう思ったんです。
【次回予告】
後編では、ベレンズらが発見した「エフェクチエーションを実践する8つの戦術」を、ブランディングに応用する方法を具体的に解説します。
そして、中小企業と大手企業で、どのようにこの二つの思考法を使い分けるべきなのか。
最後に、「画一的に物事を見ない」という、これからのブランディングに必要な視点についてお伝えします。
ブランディングは、決まった答えがあるものじゃない。もっと有機的で、もっと人間的なプロセスなんです。これからのAI時代は特にそう感じます。
(中編・終)