
企業文化の発信は、採用活動や企業のブランディングにおいて重要な要素とされています。しかし、「文化を伝える」という行為は、単に社内の取り組みや制度をオウンドメディアで紹介することとは異なります。特に、組織の中で文化が深く浸透している場合、その文化を改めて「伝える」ことの難しさが浮き彫りになります。この記事では、発信の意味とその限界について、事例を交えながら掘り下げていきます。
発信の意味とは?文化が“ある”だけでは伝わらない
たとえば「文化が強い会社」であっても、社員に「自社の文化とは何か?」と尋ねると、明確に言語化できないケースがあります。それは文化がすでに組織に深く染み込み、当たり前になっているからかもしれません。一方で、それが本当に明確な軸を持って浸透しているのか、それとも“なんとなく”という曖昧な理解のまま流通しているだけなのかは、外からは判断できません。
この「なんとなく文化がある」という状態では、外部に向けて伝えるときに一貫性を欠き、受け手にとっては「なんとなく社風が合いそうだけど、何が魅力かはわからない」という印象になります。結果として、再現性のない採用やミスマッチの温床となってしまうのです。
有名企業の“文化発信”が機能する理由
たとえば有名企業がオウンドメディアやSNSで「新たな取り組みを始めました」と発信すれば、それだけで人材が集まることもあります。しかしそれは、企業ブランドという信頼の蓄積があるからこそ成立することです。名の知れた企業が「こんな制度を始めました」と言えば、それ自体が文化として受け取られやすくなります。
一方で、無名の企業が同じように取り組みを発信しても、それが文化として受け入れられるには時間がかかります。なぜなら、そこには“発信する内容そのもの”よりも“発信者への信頼”が大きく影響するからです。だからこそ、自社の文化を発信する際には、ただ取り組みを紹介するのではなく「その根底にある価値観」や「何を大切にしているのか」を明確にする必要があります。
発信するなら「何をなぜやっているか」まで伝える
発信には意味があります。文化は語られなければ育ちません。しかし、単なる制度や取り組みの紹介に終わっていては、その意味は限定的です。「こういうことをやりました」という事実だけでなく、「なぜそれをやったのか」「それによってどのような行動が社内で生まれたのか」「それがなぜ自社らしいのか」まで言語化することが求められます。
文化の発信で重要なのは、表面の施策や制度の紹介よりも、その背景にある思想や姿勢です。何を大切にしている組織なのか、どのような判断軸で動いているのか。それが明確になることで、共感が生まれ、結果的にカルチャーマッチした人材との接点が増えていくのです。
無名企業こそ文化の言語化が武器になる
知名度がない企業にとっては、「文化の明文化」が何よりの差別化要素になります。どんなに良い取り組みをしていても、それが“何のために”行われているかが伝わらなければ、ただの制度紹介で終わってしまいます。
たとえば、社員の挑戦を後押しするための制度があったとして、それが「チャレンジを尊重する文化」に裏打ちされているならば、その文化の背景までをセットで伝えることで初めて意味を持ちます。逆に、制度だけを紹介すると「制度がある会社」止まりの印象になってしまい、文化としては伝わらないのです。
文化は「伝えるもの」である以前に「育てるもの」であり、「語り継がれるもの」です。だからこそ、発信とは“見せるためのもの”ではなく、“育てるためのもの”であるべきです。
伝えることで文化は育つ
文化は、語られなければ定着しません。そして、語ることによって初めて「自分たちは何者か」が整理され、伝えられるようになります。だからこそ、取り組みを発信することには意味があります。
ただし、それは単なる「事例紹介」ではなく、自社の価値観や文化の軸を明確にしたうえで、ストーリーとして伝えることが前提です。有名企業のように「名前で伝わる」状態を目指すのではなく、「文化の言語化によって伝わる」状態をつくること。それが無名企業の採用力やブランド力を育てる第一歩になります。
伝えることで育ち、育てることで共感を呼び、共感が新たな仲間を呼び込む。発信とは、そうした循環の起点となる重要な経営の一手なのです。
【弊社のインナーブランディング事例はこちらをご確認ください。】

深澤 了 Ryo Fukasawa
むすび株式会社 代表取締役
ブランディング・ディレクター/クリエイティブ・ディレクター
2002年早稲田大学商学部卒業後、山梨日日新聞社・山梨放送グループ入社。広告代理店アドブレーン社制作局配属。CMプランナー/コピーライターとしてテレビ・ラジオのCM制作を年間数百本行う。2006年パラドックス・クリエイティブ(現パラドックス)へ転職。企業、商品、採用領域のブランドの基礎固めから、VI、ネーミング、スローガン開発や広告制作まで一気通貫して行う。採用領域だけでこれまで1000社以上に関わる。2015年早稲田大学ビジネススクール修了(MBA)。同年むすび設立。地域ブランディングプロジェクト「まちいく事業」を立ち上げ、山梨県富士川町で開発した「甲州富士川・本菱・純米大吟醸」はロンドン、フランス、ミラノで6度金賞受賞。制作者としての実績はFCC(福岡コピーライターズクラブ)賞、日本BtoB広告賞金賞、山梨広告賞協会賞など。雑誌・書籍掲載、連載多数。著書は「無名✕中小企業でもほしい人材を獲得できる採用ブランディング」(幻冬舎)、「知名度が低くても“光る人材“が集まる 採用ブランディング完全版」(WAVE出版)。「どんな会社でもできるインナーブランディング」(セルバ出版)。「人が集まる中小企業の経営者が実践しているすごい戦略 採用ブランディング」(WAVE出版)