
「ブランディングとは何か?」という問いに対して、明確な正解はありません。企業の成長ステージや業種、目指す世界観によって、その手法も思想も大きく異なります。だからこそ、多くの企業が「自社に合ったブランディングの軸」を模索し続けています。
本記事では、ホンダと楽天という対照的な企業を取り上げ、それぞれのブランディングの特徴を比較しながら、「どんな考え方が、どのような成長につながるのか」を紐解いていきます。自社らしいブランドの築き方を考えるうえでのヒントとして、ぜひ参考にしてください。
ホンダ:想いに共感が集まり、ブランドが生まれる
ホンダの成長は、創業者・本田宗一郎という一人の人間の“想い”が起点になっています。これは、理念に共鳴することでブランドが育つという典型的なパターンです。以下で、そのプロセスを見ていきましょう。
本田宗一郎の想いが、ブランドの源になった
ホンダが世界的企業へと成長していく過程には、創業者・本田宗一郎の存在が欠かせません。彼は“夢”という言葉をキーワードに掲げ、「人々の暮らしを豊かにしたい」「自分たちの技術力を証明したい」という熱意を持って事業を推進しました。
その象徴的なエピソードが、耐久レースへの挑戦です。出場経験すらなかった状態から「世界一になる」と宣言し、実際に優勝してしまう。そんな行動に、人々は心を動かされ、共鳴していきました。
ブランディングとは「好き・嫌い」の世界です。本田宗一郎の想いに共感し、惚れ込んだ人々がファンになり、社員になり、顧客になっていった。ここに、ブランド構築の本質があります。
共感によってファンが生まれ、組織が育った
ホンダは、大企業になる前に「好きな人たちが集まる会社」になっていました。それは、創業者の想いが強く、明確だったからこそ。誰もが同じ方向を向いて行動できる空気がありました。
ブランディングは、「こうあるべき」というロジックよりも、「こうありたい」という情熱から始まるもの。ホンダの初期成長には、ビジョンに共感したファンが核となって企業文化を形成し、組織の拡大につながっていくという強い流れがあったのです。
小さな企業ほど“想い”が差別化になる
ホンダの事例は、大企業だから実現できたのではありません。むしろ、小さな企業だからこそ想いが届きやすく、ファンが生まれやすかったのです。
中小企業やベンチャー企業にとって、“想い”は強力なブランディング要素です。尖った理念や志があるからこそ、コアなファンが生まれ、その熱が広がっていきます。間口を広げる前に、まずは熱量の高い支持者をつくる──それが、ホンダ型ブランディングの基本思想といえるでしょう。
楽天:マーケティングで経済圏を築くブランド戦略
楽天はホンダとは対照的な戦略をとっています。「想い」よりも「マーケティングの技術」で市場を開拓し、多角的に事業を広げてきたのが特徴です。
横展開で“経済圏”を築く戦略的ブランディング
楽天の成長戦略の核は、「経済圏」の構築にあります。ECから始まり、クレジットカード、保険、モバイルなど、生活のあらゆる場面に楽天のサービスを入り込ませることで、ユーザーの囲い込みを図ってきました。
これは、「好き・嫌い」ではなく「便利かどうか」「お得かどうか」で選ばれる構造を作る戦略です。サービス単体での熱狂的ファンがいなくても、全体としての利便性と相互作用により、ブランドの価値を高めていく。まさにマーケティング主導型のブランディングといえます。
想いを重視しない選択も“あり”である
楽天のようなアプローチでは、必ずしも「企業の理念」や「創業者の想い」を前面に出す必要はありません。現場単位で最適な戦略を採用し、売上や成長を優先する。ある種の割り切りが、効率的な展開を可能にしています。
「正しさ」よりも「利益」を重視するこの戦略は、組織の規模が大きくなるにつれて求められる柔軟さやスピードにマッチしているとも言えるでしょう。
共感よりも“設計”で勝負する企業モデル
楽天型のブランディングは、感情ではなく設計で勝負するモデルです。競合との違いをマーケティング的に設計し、狙った層に向けて刺さる導線をつくる。その結果として、ブランド価値が積み上がっていくのです。
このような設計型ブランディングは、「想い」を軸にしないからこそ、拡張性や再現性が高いというメリットがあります。
ブランディングの選択は企業規模とフェーズに依存する

ホンダと楽天、どちらのアプローチが優れているという話ではありません。大切なのは、「自社にとってどのアプローチが適しているのか」を見極めることです。
小規模企業には“想い”が最適な武器になる
創業間もない企業や小規模事業者にとっては、楽天のような設計型ブランディングを展開するのは難しいものです。そもそもリソースや認知が限られているため、「共感」を起点に支持を集めていく方が現実的です。
想いに共感した人材が集まり、企業文化が定着していく。その一人ひとりがファンを増やしていく。こうした循環が、最小単位のブランド拡張モデルになります。
成長企業・大企業には“仕組み”が求められる
ある程度の規模に達した企業では、個人の想いだけに頼るブランディングは限界があります。属人的な情熱は再現性に欠け、事業の拡張においてボトルネックとなる可能性があるからです。
楽天のように、仕組み化とマーケティング設計を活用することで、拡張性のあるブランド構築が可能になります。これは、経営資源の最適活用という観点でも非常に有効なアプローチです。
ハイブリッド戦略という選択肢もある
想いと設計、この2つのアプローチは、決して対立するものではありません。むしろ、両者を組み合わせることで「感情」と「戦略」を両立したブランディングが可能になります。
たとえば、創業時には想いを軸にコアファンを形成し、一定の規模に達した段階で仕組み型へと移行する。あるいは、採用や広報では想いを重視し、営業やマーケティングでは設計で勝負する。こうしたハイブリッド戦略は、多様な企業にとって有効な選択肢です。
自社のフェーズに応じたブランディングの軸を持とう
ホンダと楽天という2つの対照的なブランディング手法を通じて見えてくるのは、「自社のフェーズに応じた戦略的判断」の重要性です。
創業者の想いに共感が集まるホンダ型ブランディングは、小さな組織が支持を得て成長していくための有効な手段です。一方、設計によって経済圏を広げた楽天型は、規模拡大を目指す企業にとっての現実的な選択肢です。
正解はひとつではありません。大切なのは、自社の資源・文化・ビジョンに合った“らしい”ブランディングの軸を持ち、それを継続的に磨き続けることです。
【弊社のインナーブランディング事例はこちらをご確認ください。】

深澤 了 Ryo Fukasawa
むすび株式会社 代表取締役
ブランディング・ディレクター/クリエイティブ・ディレクター
2002年早稲田大学商学部卒業後、山梨日日新聞社・山梨放送グループ入社。広告代理店アドブレーン社制作局配属。CMプランナー/コピーライターとしてテレビ・ラジオのCM制作を年間数百本行う。2006年パラドックス・クリエイティブ(現パラドックス)へ転職。企業、商品、採用領域のブランドの基礎固めから、VI、ネーミング、スローガン開発や広告制作まで一気通貫して行う。採用領域だけでこれまで1000社以上に関わる。2015年早稲田大学ビジネススクール修了(MBA)。同年むすび設立。地域ブランディングプロジェクト「まちいく事業」を立ち上げ、山梨県富士川町で開発した「甲州富士川・本菱・純米大吟醸」はロンドン、フランス、ミラノで6度金賞受賞。制作者としての実績はFCC(福岡コピーライターズクラブ)賞、日本BtoB広告賞金賞、山梨広告賞協会賞など。雑誌・書籍掲載、連載多数。著書は「無名✕中小企業でもほしい人材を獲得できる採用ブランディング」(幻冬舎)、「知名度が低くても“光る人材“が集まる 採用ブランディング完全版」(WAVE出版)。「どんな会社でもできるインナーブランディング」(セルバ出版)。「人が集まる中小企業の経営者が実践しているすごい戦略 採用ブランディング」(WAVE出版)