インナーブランディングや採用ブランディングの現場で、カルチャービデオの活用が注目されています。会社の雰囲気や価値観を映像で伝えることは、採用広報でも理念浸透でも一定の役割を果たします。
しかし「忙しいから部下との対話(1on1)の代わりに映像を活用したい」という声が出るケースもあります。
はたして映像は1対1の対話を代替できるのでしょうか。
本記事では、カルチャービデオ活用の限界と本質、さらに日常の文化形成との正しい役割分担について整理していきます。
そもそもカルチャービデオの役割とは何か
カルチャービデオは、理念や価値観を可視化する手段のひとつです。
- 採用活動で応募前の理解促進に役立つ
- 新入社員研修で会社の空気感を伝えやすくなる
- 社内でも誇りを持てる文化の象徴となる
つまり、複数人に同時に会社の文化を伝える「入口」の役割を果たします。あれば盛り上がるし理解も深まる。ただし、あくまでそれは文化形成の“出口”であって“入口”ではない。
ここに「1on1の代わりに使う」という発想が入ると、本質的なズレが生まれてしまいます。
以前の記事は、以下からご覧いただけます。
1on1は「個の感情と状況」を扱う唯一の場
1on1の対話は、部下個々人の状況や感情を扱う「完全に個別の場」です。
- 今、何を考えているのか
- どこに迷いや課題を感じているのか
- 仕事にどんなモヤモヤを抱えているのか
- 最近の成功体験や不満は何か
こうした一人ひとり違うテーマは、1対1でしか拾えません。
マネジメントとは本来、こうした個別対話の積み重ねを通じて、その人の成長や理念の理解を支援していく行為です。
映像は「一方通行」。個別性は生まれない
カルチャービデオは、当然ながら1対複数のツールです。
- 一定のメッセージを広く伝える
- 空気感を映像化して届ける
- 短時間で雰囲気を把握してもらう
こうした役割には強い反面、「今あなたは何を感じている?」という対話は成立しません。だからこそ、1on1の代替にはならないのです。
仮に部下が不満や迷いを抱えていた場合、映像を見せられても「予算を無駄に使っている…」とネガティブに受け取るケースすらあります。そこに個別対話があれば、「なぜそう感じたの?」「何が引っかかっているの?」と掘り下げ、軌道修正や理解促進が可能です。
動画制作にコストをかける前に、対話を失っていないか?
最近はカルチャービデオに数十万〜数百万円の予算をかけるケースも増えています。むすびが現場でよくお伝えしているのは、「そこまでの費用をかける前に、まず地味で当たり前の対話を整えていますか?」という問いです。
- 週に1回10分でも部下と理念の話ができているか
- 毎月の面談で行動指針に基づくフィードバックができているか
- 定例ミーティングで文化についての言語が共有されているか
こうした日常の積み重ねが整わないまま、映像という「見た目の文化づくり」に投資しても本質は変わりません。動画は文化が整った後にこそ活きる“仕上げ”の道具です。
カルチャービデオは「文化の証拠映像」であるべき
理想的なカルチャービデオとは、すでに社内にある文化をそのまま切り取った映像です。
- 社員が自然に理念を語っている
- 普段の会話の中に行動指針が出てくる
- 社内の空気感がそのまま映像に乗る
これらの状態であれば、作為的な演出や台本はほとんど必要ありません。文化が実態として存在していれば、自然なカルチャービデオが成立します。
逆に文化が整っていないのに映像を先に作ると、理念に合った「理想像」を無理に演出する映像になり、入社後のギャップ要因にもつながります。
忙しさの中で1on1が後回しにされるリスク

「部下と10分も話す時間が取れない」という現場の声は非常に多いのが実態です。
- 日々の業務で手一杯
- マネジメント層がプレイヤー兼任
- 面談時間を作ることが後回しになる
こうして「対話の省略」が習慣化されると、問題が深刻化します。
- 現場の課題が経営層に上がらない
- 社員が理念を誤解したまま動く
- 評価面談だけが形式化される
このように文化形成の基礎が崩れていくのです。だからこそ「映像を作ればそれで理念浸透になる」と思い始めるのは危険信号です。
文化浸透は「面倒な積み重ね」を避けられない
文化浸透・インナーブランディングとは、本来「面倒くさい取り組み」と言えるのかもしれません。
- 日々の細かい対話
- 小さな行動のフィードバック
- 間違いを指摘し、修正していく地道さ
- 正しい行動を褒め続ける根気
この積み重ねを避けて映像やイベントに飛びつくと、一時的な盛り上がりだけを繰り返し、文化は定着しません。
むすびでは「文化とは“誰が見ても同じ判断ができる組織”をつくること」と定義しています。そのために必要なのは、日々の対話設計なのです。
映像は「文化形成の伴走ツール」として活用
では、カルチャービデオは全く不要なのか?というと、もちろんそうではありません。文化形成の途中段階でも、適切に活用する場面は存在します。
- 新卒説明会の冒頭導入
- 研修のオリエンテーション映像
- 新入社員向けの文化紹介ツール
この場合でも、日常の対話や制度運用が同時並行で進んでいることが前提です。映像はあくまで理念の理解を促す補助線であり、現場の実態が育ってこそ映像のメッセージも「腹落ち」していきます。
映像より10分の対話
結局のところ、文化をつくる最も効果的な施策は今も昔も変わりません。
- 10分でいいから部下と定期的に話す
- 小さな行動の良し悪しを確認する
- 理念を日々の会話で言葉にする
この地味で当たり前の行為を積み重ねることこそが、文化形成の本質的な近道です。
映像は文化の可視化手段にすぎません。本物の文化は、毎週の10分の1on1の積み上げがつくり上げていくのです。
【弊社のインナーブランディング事例はこちらをご確認ください。】

深澤 了 Ryo Fukasawa
むすび株式会社 代表取締役
ブランディング・ディレクター/クリエイティブ・ディレクター
2002年早稲田大学商学部卒業後、山梨日日新聞社・山梨放送グループ入社。広告代理店アドブレーン社制作局配属。CMプランナー/コピーライターとしてテレビ・ラジオのCM制作を年間数百本行う。2006年パラドックス・クリエイティブ(現パラドックス)へ転職。企業、商品、採用領域のブランドの基礎固めから、VI、ネーミング、スローガン開発や広告制作まで一気通貫して行う。採用領域だけでこれまで1000社以上に関わる。2015年早稲田大学ビジネススクール修了(MBA)。同年むすび設立。地域ブランディングプロジェクト「まちいく事業」を立ち上げ、山梨県富士川町で開発した「甲州富士川・本菱・純米大吟醸」はロンドン、フランス、ミラノで6度金賞受賞。制作者としての実績はFCC(福岡コピーライターズクラブ)賞、日本BtoB広告賞金賞、山梨広告賞協会賞など。雑誌・書籍掲載、連載多数。著書は「無名✕中小企業でもほしい人材を獲得できる採用ブランディング」(幻冬舎)、「知名度が低くても“光る人材“が集まる 採用ブランディング完全版」(WAVE出版)。「どんな会社でもできるインナーブランディング」(セルバ出版)。「人が集まる中小企業の経営者が実践しているすごい戦略 採用ブランディング」(WAVE出版)