
近年、採用難の時代を背景に「伝え方を変えれば採用できる」「見せ方を工夫すれば人が集まる」といった言葉を耳にする機会が増えました。求人広告、ホームページリニューアル、SNS活用、映像発信など、様々な「採用ブランディング手法」が提案されています。
確かに、企業の情報発信は重要です。しかし「伝え方を変えれば採れる」という考え方は、採用の本質からズレた非常に危うい発想でもあります。本記事では、むすびが考える採用ブランディングの本質的な考え方を整理します。
採用ブランディングに「近道」はない
多くの企業が陥りやすい誤解が「表現だけ変えれば人は来る」という思い込みです。たとえば、次のような提案がよく見られます。
- ホームページをおしゃれに作り直しましょう
- 求人動画を作りましょう
- TikTokやInstagramで拡散しましょう
もちろん、これらの施策自体が悪いわけではありません。問題は、これらを「採用がうまくいかない原因そのもの」とすり替えてしまう思考です。
表面的な改善策を並べても、そこに本来の採用ターゲットが存在しなければ意味がありません。
バズれば採れるは幻想
ここ数年はSNSを活用した採用活動が盛り上がっています。TikTok採用、YouTube採用、ショート動画採用などの事例も多く生まれています。
もちろん、うまくいくケースもあります。ただし、バズれば採れる、は幻想です。たとえ拡散されても
- エントリーは増えたが内定承諾にはつながらない
- 面白い動画だったが仕事内容を理解していない応募が増えた
- ミスマッチ応募が増えた
といった現象は多く見られます。バズるという現象は、あくまで「認知拡大の一手段」であり、「採用成功」ではありません。
採用とはブランディングとマーケティングと選考プロセスが一貫していて初めて成立します。バズったら終わり、ではありません。
楽をして人を採ろうとする発想が危険
本質的に、表現先行型の採用は「楽して採ろうとする思考」が根底にあります。これは経営者・人事・採用支援会社すべてに共通する誘惑です。
- 中身の整理や価値観の言語化は時間がかかる
- 現場のヒアリングや実態の棚卸しは手間がかかる
- 価値観に沿った採用基準を定義するのは難しい
だからこそ、表現テクニックに逃げるのです。「かっこいい動画を作ればいい」「SNSでバズればいい」という発想は、採用マーケティングの現場でよく見かけます。しかし、実際にそこで応募者が集まったとしても、入社につながる保証はどこにもありません。
採用は「母集団さえ集めればあとは面接でふるいにかけられる」というほど単純ではありません。むしろ、入口での期待値調整を誤るほど、離職リスクは高まります。
採用は「伝え方を変える」のではなく「伝え方が変わっていく」もの

採用活動は伝え方を先に変えるのではなく、中身(企業の実態)が整えば必然的に伝え方が変わっていくという順序です。
採用においてまず整えるべきは「会社の実態そのもの」です。
- どんな理念や価値観を持つ会社なのか
- どんな人材が活躍しているのか
- どのような育成が行われているのか
- どんな覚悟が必要な会社なのか
これらが整理されていれば、表現は自然とそれに沿った形になります。逆に、中身が整理されていないまま表現だけ工夫しても、採用は決してうまくいきません。
伝え方は「変える」のではなく、会社の中身に引き寄せられて「変わっていく」もの。ここを取り違えている採用支援会社や担当者は少なくありません。
採用活動の本質は「誰を採りたくて、誰を採りたくないか」の明確化
採用活動を本気で成功させたいなら、まず先に整理すべき問いは以下です。
- どんな価値観の人と働きたいのか
- どんな仕事の姿勢を評価するのか
- 会社として譲れないルールは何か
- 自社に合わない人はどんな人なのか
ここを突き詰めずに「伝え方」だけ議論しても、軸のない発信になってしまいます。逆にここが整理できれば、自然と伝え方は整います。自社の本質が整っていれば、映像でもHPでも言葉でも、内容がブレなくなるからです。
表面的な見せ方変更が生む「ミスマッチの温床」
表現だけを整え、会社の中身に向き合わないまま採用活動を行うと、次のようなリスクが生まれます。
- イメージ先行で応募者が集まる
- 入社後に「こんなはずじゃなかった」となる
- 早期離職・定着不良が多発する
入社はお見合いではなく「人生を預ける選択」です。見た目のイメージに期待して入ったものの、実際に働き始めてから齟齬に気づくと、社員側にも企業側にも大きなダメージとなります。
履歴書に離職歴がついてしまう本人のリスクも大きく、企業にとっても教育コストや退職対応コストが重くのしかかります。
採用ブランディングは「覚悟」の表明である
採用ブランディングとは、単なるプロモーション活動ではありません。それは企業としての覚悟を社会に伝える行為です。
- うちはこういう会社です
- こういう働き方をしてほしいです
- こういう成長を支援します
- こういう厳しさは覚悟してください
この覚悟が言語化されていれば、入社後のミスマッチは大幅に減ります。応募段階で「これは自分に合う・合わない」が判断できるからです。
採用ブランディングは「誰でもいいから来てほしい」ではなく、「合う人にだけ来てほしい」を徹底的に突き詰める行為です。
採用に近道はない。愚直に中身を整える
結局のところ、採用活動で成果を出す唯一の道は「中身を整え、正しく発信する」以外にありません。
- 会社の価値観を言語化し
- 仕事の実態を整理し
- 求める人物像を具体化し
- 入社後の成長パターンを描き
- それに沿った発信をする
これを丁寧に積み重ねた会社は、少し時間がかかっても必ず採用は安定します。一方で、「伝え方を変えれば採れる」という近道に飛びついた会社は、長期的には採用課題が解消されず、むしろ苦しさを深めていくケースが多いのが現実です。
むすびが考える採用ブランディングの本質
むすびでは、採用ブランディングを経営のインナーブランディングの延長線上で捉えています。社内に浸透している理念・行動指針・価値観を整理し、それを正直に、率直に、外部に伝えていく。
入社後のイメージギャップが生まれない採用活動こそが、本質的な採用ブランディングです。
表現テクニックではなく、経営の土台から整えていく。それが採用成功の「最短距離」だと、私たちは考えています。
【弊社のインナーブランディング事例はこちらをご確認ください。】

深澤 了 Ryo Fukasawa
むすび株式会社 代表取締役
ブランディング・ディレクター/クリエイティブ・ディレクター
2002年早稲田大学商学部卒業後、山梨日日新聞社・山梨放送グループ入社。広告代理店アドブレーン社制作局配属。CMプランナー/コピーライターとしてテレビ・ラジオのCM制作を年間数百本行う。2006年パラドックス・クリエイティブ(現パラドックス)へ転職。企業、商品、採用領域のブランドの基礎固めから、VI、ネーミング、スローガン開発や広告制作まで一気通貫して行う。採用領域だけでこれまで1000社以上に関わる。2015年早稲田大学ビジネススクール修了(MBA)。同年むすび設立。地域ブランディングプロジェクト「まちいく事業」を立ち上げ、山梨県富士川町で開発した「甲州富士川・本菱・純米大吟醸」はロンドン、フランス、ミラノで6度金賞受賞。制作者としての実績はFCC(福岡コピーライターズクラブ)賞、日本BtoB広告賞金賞、山梨広告賞協会賞など。雑誌・書籍掲載、連載多数。著書は「無名✕中小企業でもほしい人材を獲得できる採用ブランディング」(幻冬舎)、「知名度が低くても“光る人材“が集まる 採用ブランディング完全版」(WAVE出版)。「どんな会社でもできるインナーブランディング」(セルバ出版)。「人が集まる中小企業の経営者が実践しているすごい戦略 採用ブランディング」(WAVE出版)