インナーブランディングの進め方 — 現場が動き出す5ステップ
インナーブランディングの進め方は、大きく5つのステップに整理できる。 現状把握、ゴール設定、施策設計、実行と巻き込み、継続の仕組みづくりだ。この骨格自体は、他の解説記事と大きくは変わらない。
ただ、筆者はインナーブランディングの支援を仕事にしていて、成否を分けるのはステップの知識ではないと感じている。同じ5ステップでも、各ステップを「双方向」で進められるかどうかで結果がまるで違う。 この記事では、手順の一般論ではなく、筆者が実際の支援でどう進めているかを書く。うまくいった進め方だけでなく、途中で軌道修正が必要になった失敗も含めて紹介する。
先に結論: 大半の企業は「効率的にやろう」として失敗する
ステップに入る前に、全体を貫く原則をひとつだけ書いておく。
筆者が見てきた限り、インナーブランディングがうまくいかない企業の大半は、進め方を間違えているのではなく、効率的にやろうとして失敗している。全社説明会を開いて理念を通達する。資料を配信して「読んでおいてください」と伝える。一度に全員へ届くから、たしかに効率はいい。しかし理念を上から流し込むこのやり方を、筆者は「一方的な浸透圧」と呼んで、どの瞬間であれ避けるべきものだと考えている。説明会を開いて通達的に伝えた時点で、取り組みはゼロではなくマイナスから始まる。
もうひとつ、筆者がクライアントによく伝える言葉がある。「経営層は器を作るけど、器を埋めるのは現場」。経営層にできるのは、理念という器と、現場が動ける場を用意するところまでだ。器の中身を埋める作業を経営層が代行しようとすると、それがそのまま浸透圧になる。
この前提を置いた上で、5つのステップを見ていく。
Step 1 — 現状把握: アンケートより先に、対話で現場を知る
最初のステップは現在地を知ることだ。ここで筆者が重視するのは、定量調査よりも対話である。
アンケートやeNPSのような定量データが無意味だとは言わない。ただ、経営層の「うちは浸透しているはず」という感覚と現場の実態は、たいていズレている。そしてそのズレの中身は、数値ではなく対話でしか見えてこない。
筆者がヒアリングやワークショップで聞くのは、実は普通のことばかりだ。
- 仕事の上で大事にしている考えや、工夫していること
- 嬉しかったこと、悲しかったこと、辛かったこと
質問そのものは平凡でいい。大事なのは、心理的安全性を確保して話しやすい場を作ることと、相手に気づかれないところで深層に潜る質問を混ぜることだ。飾らない言葉が出てくるようになると、組織のいまの状態が立体的に見えてくる。
筆者が支援したある企業は、M&Aを重ねて規模が大きくなった会社だった。対話を重ねて見えてきた課題は「大きくはなったが中身が追いついていない。組織を一つの方向に向かわせる指針がない」というものだ。この診断がその後のすべての起点になった。現状把握を飛ばして施策から入っていたら、的外れなことをしていたと思う。
Step 2 — ゴール設定: KPIを置かない、という選択
現在地がわかったら、次は目指す状態を決める。ここで多くの記事は「KPIを設定しましょう」と書く。筆者の立場は逆だ。インナーブランディングにKPIを置くことを、筆者は推奨していない。
理由は単純で、KPIを置いた瞬間に短期目線になるからだ。数値目標を追い始めると、施策は「数字を作るための施策」に変質する。理念にまつわる目先の数字は、正直どうでもいい。それよりも、活動によって実際に何が生まれたかのほうがはるかに有用だ。
それでも何かを測りたい場合、筆者が見るのは次の3つである。
- 改善提案の件数
- 活動への参加者数
- 改善活動から生まれた効果(コスト削減、業務改善、顧客対応の変化など)
いずれも「目標値」ではなく「活動の熱量」を映す数字として見る。加えて、定点観測をするならeNPSは使える。ただし四半期ごとの上下を追うのではなく、経年変化を眺めて「何がどう影響したか」を振り返る材料にする使い方だ。効果の考え方は効果測定・KPIの記事で詳しく書いている。
このステップでのゴールは、数値ではなく状態で言語化するのがいい。先ほどのM&A企業なら「理念をベースに、現場が自分たちで会社を良くする動きが続いている状態」がゴールだった。
Step 3 — 施策設計: 双方向の仕組みを軸に据える
ゴールが決まったら施策の設計に入る。世の中にはワークショップ、社内報、動画、表彰制度と施策の選択肢が山ほどあるが、選ぶ基準はひとつでいい。その施策は双方向か、一方通行か。 一方的な浸透圧になる施策は、何をやってもダメだ。施策の選択肢を広く知りたい場合は施策15選を参照してほしい。
筆者が軸として勧めるのは、改善活動だ。理念を「覚えてもらう」のではなく、理念をベースに考えることだけをルールにして、会社への不満や改善点を現場から出してもらう。理念が判断の道具として日常的に使われる状態を作る仕組みで、これなら会社の規模を問わず機能する。
先のM&A企業では、施策設計の前段として理念そのものを作り直した。進め方はこうだ。社内の有志を集めたワークショップ形式で理念の案を作り、それを経営会議に何度もかけて磨き、最終的に理念を刷新した。その上で、刷新した理念をベースにした改善活動へつなげた。時間はかかる。ただ、有志が作り経営が磨いた理念は、最初から「自分たちのもの」として現場に受け取られる。トップが外部に発注して完成品を配るやり方と、スタート地点がまったく違う。
逆に、筆者が勧めないのは、イベントをたくさん打つタイプの設計だ。ノリが合わない会社では現場の反応が冷え込む。動画やブックレットやグッズも、現場が欲しいと言うまで作らないのが原則である。
Step 4 — 実行と巻き込み: 一人ひとりと話す。遠回りに見えて最短
実行フェーズで成否を分けるのは、施策の完成度ではなく巻き込み方だ。ここで筆者自身の失敗を書いておく。
理念策定までが契約範囲だった案件で、その後の社内展開をクライアントの兼任メンバーに委ねたことがある。結果、そのメンバーは通達的な説明会を開いてしまい、取り組みは一方通行になった。悪気はない。兼任で時間がない中、説明会が一番効率的に見えたのだ。まさに「効率的にやろうとして失敗する」パターンに、筆者の案件自体がはまりかけた。
軌道修正としてやったのは、地道な対話だ。主要な管理職層と一人ひとり丁寧に話し、プロジェクトの意図を説明して、力を貸してもらう形に組み直した。このとき一方的にお願いするのではなく、管理者側が抱える不安も伺い、それをどう解消するかを一緒に考えながら進めた。ここまでやって、ようやく取り組みが双方向に戻った。
この経験から言えるのは、一人ひとり丁寧に話せば、大抵の人は力を貸してくれるということだ。全社一斉の説明会よりはるかに手間はかかる。しかし説明会で冷めた空気を後から温め直すコストを考えれば、最初から対話で進めるほうが結果的に速い。
Step 5 — 継続の仕組み: 成果を照らし、良い話を回す
インナーブランディングは立ち上げより継続が難しい。筆者が継続のために設計するのは、大掛かりな管理ではなく「熱が回る仕組み」だ。
M&A企業の改善活動では、個人賞とチーム賞を設けた。そして活動から生まれた良い話は、社内報で全社に展開した。表彰で個人とチームの動きを照らし、社内報でその物語を横に広げる。この循環ができると、活動は自走し始める。実際この会社では、300件近い応募が集まった最初の改善活動を入り口に、数名だった中心メンバーが数十名になり、時間をかけて100名を超える規模まで段階的に育っていった。一気に広がったわけではない。社内報を回す側の実務は社内報の作り方にまとめている。
一方で、四半期ごとにPDCAを回すといった管理の型を、筆者はあまり信用していない。振り返り自体は必要だ。信用していないのは、管理のためのPDCA運用のほうだ。型どおりに回そうとすると、いつの間にかレビュー会議に出す資料づくりが仕事になる。改善活動が生きていれば、成果も課題も現場から勝手に上がってくる。運営側の仕事は計画表の進捗管理ではなく、上がってきたものを拾い、照らし、次につなぐことだ。管理が先で活動が後、という順番にしないほうがいい。
時間軸の考え方: 焦りが浸透圧を生む
進め方とセットで聞かれるのが「どのくらいかかるのか」だ。正直に書くと、一律の答えはない。組織文化として定着するまで1〜3年と言われることが多いが、規模や状態によって大きく変わる。
筆者の経験から言えるのは、活動は段階的にしか育たないということだ。M&A企業の例でも、数名の有志から100名超の活動になるまでには段階があり、一足飛びには進まなかった。むしろ危ないのは「半年で成果を」という焦りのほうで、焦った経営層は必ず効率化に走る。効率化は一方通行を生み、一方通行は浸透圧になる。時間がかかることを最初に経営層と合意しておくのも、進め方の設計のうちだ。全体像から確認したい場合はインナーブランディング完全ガイドを参照してほしい。
よくある質問(FAQ)
Q1: 小さな会社でも5ステップすべて必要ですか?
ステップは圧縮できるが、順番と原則は変えないほうがいい。特に「現状把握を対話でやる」「双方向で進める」は規模に関係なく効く。なお、軸に据える改善活動は会社の規模を問わない。数十名の会社でも、トヨタのような大企業でも成立する仕組みだ。小さな会社ほど一人ひとりと話すコストが低いので、むしろ有利だと筆者は考えている。
Q2: 担当者が他業務と兼任です。注意点はありますか?
兼任の担当者ほど、効率を求めて説明会や一斉配信に流れやすい。筆者の案件で一方通行になりかけたのも、兼任メンバーが時間のない中で通達型を選んだことがきっかけだった。兼任自体は珍しくないが、「時間がないから一斉に伝える」という判断だけは避けてほしい。対話の相手を主要な管理職に絞るなど、範囲を狭めても双方向を守るほうがいい。
Q3: 外部のコンサルタントは入れたほうがいいですか?
必須ではない。ただ、現状把握の対話は外部の人間のほうが本音を引き出しやすい場面があるのと、社内の「当たり前」は中からは見えにくい。入れる場合も、外部に任せきりにしないことだ。器を作る支援はできても、器を埋めるのは現場である。その構図はコンサルタントが入っても変わらない。
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最終更新日: 2026年7月20日