
インナーブランディングを進める中で、必ず出てくるのが制作物をどうするかという問題です。社内にデザイナーがいる、AIを使えばある程度できそう、コストを抑えたい。そう考えて、自社でやろうと検討する企業は少なくありません。
ただ、実際の現場を見ると、できるかどうかと、うまくいくかどうかは別問題です。この記事では、インナーブランディングにおける制作物を自社でやる場合の落とし穴と、外部に任せる意味について整理します。
インナーブランディングの制作物は自社でやってもいいのか
結論から言えば、条件が整っているなら自社でやっても構いません。ただし、その条件は想像以上に厳しいのが実情です。
AIを使いこなせている、デザインスキルがある、進行を管理できる。このすべてが揃って初めて、自社制作は現実的な選択肢になります。
技術的にできることと、ブランドとして正しいことは違う
仮にデザインツールが使えたとしても、それが自社らしさを表現できているかは別問題です。インナーブランディングの制作物で問われるのは、きれいさや完成度ではなく、その会社らしさがにじみ出ているかどうかです。
自分たちでやろうとすると、らしさを出そうとして情報を詰め込みすぎたり、結果的にブランドの軸がズレてしまうケースが多く見られます。
自社制作は時間を奪う
意外に思われるかもしれませんが、制作会社やデザイン会社ほど、自社の制作物に時間がかかる傾向があります。
反対に、時間をかけずにおこなうと失敗します。
以下で自社制作で陥りやすい失敗について解説します。
社内だからこそ省略される重要な工程
自社でやる場合、強みの言語化や認識のすり合わせが省略されがちです。同じ会社だから分かるだろう、言わなくても伝わるだろう、という前提が生まれやすく、結果として言語化が浅くなります。
その状態でデザインに入ると、デザイナー任せになり、後から何か違うという違和感が生まれやすくなるのです。
作業として滞りやすい構造
社内制作は、どうしても優先順位が下がります。
デザイナーが他の案件で手一杯になる、確認が後回しになる、決裁が進まない。条件としてできる環境があっても、作業として滞りやすい構造を持っています。
その結果、完成までに時間がかかり、インナーブランディング自体が止まってしまうのです。
らしさを出すほど、社内ではやりづらくなる
インナーブランディングの制作物で最も重要なのは、強みや価値観をどう表現するかです。しかし、この作業は社内であるほどやりづらくなります。
強みの言語化は面倒な作業になりやすい
自分たちの強みを言葉にし、ズレを一つひとつすり合わせる作業は、手間も時間もかかります。社内では、この工程が面倒な作業として扱われがちで、結果として深掘りされません。
言語化されないまま進むと、デザインに落とし込むことができず、見た目は整っているが中身が伴わない制作物になります。
デザイナー任せが違和感を生む
言語化をせずにデザインを進めると、デザイナーの感覚に委ねる部分が増えます。その結果、完成後に何か違うという感覚が生まれますが、どこが違うのか説明できず、修正が迷走します。
これはスキルの問題ではなく、前段の設計が不足していることが原因です。
自社でやるならプロジェクトとして設計する
自社で制作物をつくるのであれば、片手間ではなく、一つのプロジェクトとして組み立てる必要があります。そこまで本気で取り組まなければ成功しないからです。
責任者を決め、言語化の時間を確保し、意思決定のプロセスを明確にする。ここまでやって初めて、自社制作は機能します。
できるからやる、ではなく、やり切れる体制があるかどうかが判断基準です。
ブランドがズレないことが最も大切
むすび株式会社としては、インナーブランディングに関わる制作物は、基本的に一つの企業にまとめて依頼することを推奨しています。
理由はシンプルで、ブランドがズレないからです。複数の制作会社に分けると、トンマナや解釈にズレが生じやすくなります。一方で、一つの企業に任せることで、思想や価値観が制作物全体に一貫して反映されます。
インナーブランディングの制作物は、単なるアウトプットではなく、組織の共通言語です。だからこそ、ブレない設計と表現が重要になります。
インナーブランディングは「制作物をつくる」ことではない
インナーブランディングの制作物は、自社でできるかどうかではなく、らしさを正しく表現し、滞りなく進められるかどうかで判断すべきです。
条件が揃っていない状態で自社制作に踏み切ると、時間だけがかかり、結果として中途半端なアウトプットになります。ブランドの軸を守り、組織に浸透させるためには、制作体制そのものをどう設計するかが問われています。

深澤 了 Ryo Fukasawa
むすび株式会社 代表取締役
ブランディング・ディレクター/クリエイティブ・ディレクター
2002年早稲田大学商学部卒業後、山梨日日新聞社・山梨放送グループ入社。広告代理店アドブレーン社制作局配属。CMプランナー/コピーライターとしてテレビ・ラジオのCM制作を年間数百本行う。2006年パラドックス・クリエイティブ(現パラドックス)へ転職。企業、商品、採用領域のブランドの基礎固めから、VI、ネーミング、スローガン開発や広告制作まで一気通貫して行う。採用領域だけでこれまで1000社以上に関わる。2015年早稲田大学ビジネススクール修了(MBA)。同年むすび設立。地域ブランディングプロジェクト「まちいく事業」を立ち上げ、山梨県富士川町で開発した「甲州富士川・本菱・純米大吟醸」はロンドン、フランス、ミラノで6度金賞受賞。制作者としての実績はFCC(福岡コピーライターズクラブ)賞、日本BtoB広告賞金賞、山梨広告賞協会賞など。雑誌・書籍掲載、連載多数。著書は「無名✕中小企業でもほしい人材を獲得できる採用ブランディング」(幻冬舎)、「知名度が低くても“光る人材“が集まる 採用ブランディング完全版」(WAVE出版)。「どんな会社でもできるインナーブランディング」(セルバ出版)。「人が集まる中小企業の経営者が実践しているすごい戦略 採用ブランディング」(WAVE出版)

